人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(58)

 不安な夢から目覚めると、カレーパンマンは自分が一個の巨大な乳頭になっているのに気づきました。普通起きると乳頭になっているなどということはほとんどありませんから、カレーパンマンもこれは悪夢の続きか、何かの冗談かと思いました。冗談だとしたら手がこんだものです。きっと顔面だけ出してポリウレタン製の着ぐるみでも着せられているのだろう、とカレーパンマンは思いました。手足はまっすぐ伸ばしたまま動かすことができず、なんとか首を倒すようにしてからだを見ることができるだけです。ですがカレーパンマンの部屋は和室換算で約12畳と広かったので、ベッドの向かいの壁に全身鏡が設置してありました。筒のような乳頭になっていても寝返りくらいは打てましたから、カレーパンマンは全身鏡に映った自分の姿を見た時も、それまでの観察と感触でだいたい予想はついていたので、それほど慌てることはありませんでした。
 誰がやったのだろう、とカレーパンマンはいかぶりましたが、こんな手のこんだことをできるのは、実行犯はともあれ、主犯はばいきんまんジャムおじさんしか考えられません。ばいきんまんだとすれば嫌がらせでしょうし、ジャムおじさんだとすれば悪い冗談です。ですがばいきんまんだとすればこんなことはいたずらにもならず、ジャムおじさんならカレーパンマンの能力はわかっているのですから、やはり大したことではありませんでした。カレーパンマンはベッドから床に落ちて、部屋のいちばんひろびろとしたところまで転がっていくと、カレーファイアーで全身を燃え上がらせました。これはカレーパンマンの必殺技で、消耗も激しい究極の業なのですが、全身をカレーパンを揚げる温度に上昇させて周囲を巻き込む大業です。当然接触していればいるほど効果があるので近接戦闘の突撃向けであり、まして乳頭の着ぐるみなどは、一瞬のうちに嫌な臭いをさせながら溶解してしまいました。
 これでよし、とカレーパンマンは全身鏡にいつもの姿が映るのを確認しました。ですがカレーパンマンは勘違いしていたのです。乳頭の姿になっていたカレーパンマンは実際に乳頭そのものでした。それがカレーファイアーで再び焼き上げられたことで、カレーパンマンの姿に再生しただけに過ぎなかったのです。
 その可能性に気づき、悪寒のような気味悪さを感じるとともに、カレーパンマンは悪夢から覚めました。何て夢だろう、と思いながら。