人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra and his Myth Science Arkestra - The Nubians of Plutonia (Saturn Research, 1969)

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Sun Ra and his Myth Science Arkestra - The Nubians of Plutonia (Saturn Research, 1969) a.k.a. The Lady with the Golden Stockings (El Saturn, 1966) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PL141521662CC1C09C
Recorded in rehearsal, various Club, Chicago, either 1958 or 1959.
Originally released in a blank sleeve under the title "The Lady With The Golden Stockings" by El Saturn (1966), the album had gained its current title, and sleeve by 1969 (LP-406).The record was reissued by Impulse! in 1974 (AS-9242), and on CD by Evidence in 1993 with the album "Angels and Demons at Play".
All songs were written by Sun Ra.
(Side A)
A1. Plutonian Nights - 4.22
A2. The Golden Lady (Originally 1966 titled "The Lady with the Golden Stockings") - 7.41
A3. Star Time - 4.18
(Side B)
B1. Nubia - 8.14
B2. Africa - 5.06
B3. Watusa - 2.36
B4. Aethiopia - 7.12
[ Sun Ra and his Myth Science Arkestra ]
Sun Ra - Piano, Wurlitzer Electric Piano
Lucious Randolph - Trumpet
Nate Pryor - Trombone
James Spaulding - Alto Saxophone
Marshall Allen - Alto Saxophone
John Gilmore - Tenor Saxophone, Percussion
Pat Patrick - Baritone Saxophone, Percussion
Charles Davis - Baritone Saxophone
Ronnie Boykins - Bass
Robert Barry - Drums
Jim Herndon - Percussion
On "Watusa", William Fielder replaced Lucious Randolph on Trumpet.

 毎度お馴染みサン・ラ&ヒズ・アーケストラのアルバム紹介をお送りする。サン・ラ(1914-1993)は1961年の第13作目でニューヨークに進出するまでシカゴを本拠地にしており、シカゴ時代にすでに12枚のアルバムを制作していた。ただし50年代のうちに発売されたのは1、2、6の3枚きりで、他はようやくニューヨークで成功した1965年~1970年にまず自社のエル・サターン・レーベルからEl Saturn、またはSaturn Researchレーベルでライヴ会場即売、通信販売で発売され、その中でも好評を博したアルバムは70年代にメジャーのImpulse!レーベル他から再発売されている。
[ Sun Ra and His Arkestra 1956-1961 Album Discography ]
1. Jazz by Sun Ra (Sun Song) (Transition, rec.& rel.1956)
2. Super-Sonic Jazz (El Saturn, rec.1956/rel.1957)
3. Sound of Joy (Delmark, rec.1956/rel.1968)
4. Visits Planet Earth (El Saturn, rec.1956-58/rel.1966)
5. The Nubians of Plutonia (El Saturn, rec.1958-59/rel.1966)
6. Jazz in Silhouette (El Saturn, rec.& rel.1959)
7. Sound Sun Pleasure!! (El Saturn, rec.1959/rel.1970)
8. Interstellar Low Ways (El Saturn, rec.1959-60/rel.1966)
9. Fate In A Pleasant Mood (El Saturn, rec.1960/rel.1965)
10. Holiday For Soul Dance (El Saturn, rec.1960/rel.1970)
11. Angels and Demons at Play (El Saturn, rec.1956-60/rel.1965)
12. We Travel The Space Ways (El Saturn, rec.1956-61/rel.1967)
13. The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, rec.1961/rel.1961)
 これまで12、1~4までのアルバムはご紹介してきたから(まっ先に取り上げたのは『Atlantis』1969だったが)、今回も順を追って5.『The Nubians of Plutonia』をご紹介したい。もっともアルバム4~12は(オンタイムで発売された9は別格として)日付の特定できない1956年~1961年の多数のセッションから選曲されたもので、収録曲の録音年代が早いと推定される順に通し番号を振られているにすぎない。
(Original El Saturn/Saturn Research "The Nubians of Plutonia" LP Side B Label)

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 1958年~1959年の録音からまとめられたとされるこのアルバムは、当初1966年に印刷されていないアルバム・ジャケットに入れられて『The Lady with the Golden Stockings』というタイトルで会場販売・通信販売されていたという。アーケストラの評価・人気は次第に高まったので1969年には印刷ジャケットつきで『The Nubians of Plutonia』と改題、収録曲A2も1966年盤のアルバム・タイトル曲扱いだった「The Lady with the Golden Stockings」から「The Golden Lady」に改題された。
 録音から8年あまりを経て、アルバム10枚近い未発表曲からのセレクトでもあり、選曲によってアルバムの統一的性格をつくりあげようという工夫が感じられる。A1、A3はブルースでA1はマイナー、A3はメジャーの楽曲になり、サン・ラのレパートリーではもっとも同時代のハード・バップ的なものになった。A1などは低音のピアノ・リフからバリトン・サックスのリフになり、ホレス・シルヴァーの曲をチャールズ・ミンガスのバンドが演奏しているような出来になっている。A2はパーカッションとエレクトリック・ピアノがおどろおどろしい密林サウンドで楽曲形式がわかりづらいが、テナーサックスとフルート、トランペットと続くソロを聴くとこれも16小節×3の、ABA'=48小節からなるマイナー・ブルースなのがわかる。
(Reissued Impulse! "The Nubians of Plutonia" LP Front Cover)

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 このアルバムの好評は1974年にメジャーのMCAレコード傘下のインパルス・レーベルからサン・ラのエル・サターン作品が復刻された時のラインナップにも含まれていることでもわかる。インパルスからのサン・ラの復刻アルバム中ではもっとも録音年代が古く、版権の関係で偶然そうなったにせよ、これに先立つエル・サターン作品はインパルスから復刻されなかったから、メジャー・レーベルからの発売によって『The Nubians of Plutonia』はサン・ラの1950年代のアルバムでも知名度・評価ともに上位に数えられる作品になった。
 録音年代順ではこのアルバムが初演となるオリジナル曲が全曲を占めるのも高い評価の所以になる。B面ではB3「Watusa」が突出した代表曲になり、国際的なライヴ・バンドとして名を馳せた1960年代後半~1970年代の最重要ステージ・レパートリーになった。フランス最大のロック・バンド、マグマ(1970年デビュー)はバンド・コンセプトやステージ演出までサン・ラ・アーケストラの強い影響から出発したグループだが(土星音楽のサン・ラに対して、マグマは架空の惑星コバイア文明から生まれた音楽を標榜した)、音楽的にオリジナリティを確立した第3作以前は音楽面でもサン・ラ・アーケストラの音楽性と近かった。アーケストラのライヴ音源で「Watusa」のパワーアップしたヴァージョンを聴くと、ジャズ・ロック色の強かった初期マグマそのものに聴こえる。
(Reissued Impulse! "The Nubians of Plutonia" LP Liner Cover)

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 アメリカ最大の音楽サイトAllmusic.comではこのアルバムの評価は★★★★☆(4つ星半)と高く、サン・ラ・アーケストラの作風を確立した完成度の高い重要作として、アルバムのハイライト曲に「Plutonian Nights」「Nubia」「Africa」「Watusa」「Aethiopia」を上げている。要するにA1とB面全曲になるわけで、ブルース尽くしのA面は「Plutonian Nights」で代表される、ということだろう。A2、A3が不要というのではないが、A面のムードは1曲目で完全に設定されている。よりデューク・エリントン的なアフロ・ビッグバンド・ブルースがA2、軽快なスウィング・ブルースがA3と続くが、ブルース・サイドとしてのA面はA1に集約されている、として異議はない。
 B面から個別に全曲を上げているのは、「Watusa」を最大の代表曲に他の曲も各々に実験的な試みがあり、曲単位でも成功しておりトータルな流れも(Allmusic.comのレビューでは「完璧に」)実現している。このB面4曲は録音年代順では前作に当たる『Visit Planet Earth』のA面のスペース・ジャズ・サイドに相当するが、前作が宇宙空間の浮遊感なら、今回はいよいよ異世界惑星の大地に上陸したような濃厚な大気感があり、各曲の曲名はそれぞれが異世界惑星大陸に相当しているのだろう。B2が「Africa」といっても地球の、現実のアフリカ大陸ではなく、A1が「冥王星の夜」と言っても誰も冥王星の夜など知らないのと同じだし、アルバム・タイトル自体が「冥王星ヌビア人」という人を食ったもので、これはサン・ラの主張している黒人の古代エジプト起源説による。ヌビアはエジプトの砂漠地帯だが、そもそも古代エジプト人は黒人で古代エジプト文明、つまり人類の文明は古代エジプトの黒人文明から始まった、というものだった。
(Reissued Impulse! "The Nubians of Plutonia" LP Gatefold Inner Cover)

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 だからB面の「Nubia」「Africa」「Watusa」「Aethiopia」もサン・ラのイマジネーションの中のヌビア、アフリカ、ワッサ、エチオピアであって、現実の地球とは別の次元に存在する地球らしき惑星(冥王星ヌビア人の目から見た地球、と言ってもいいのかもしれない)の大陸各地を音楽で表現したもの、というよりサン・ラ・アーケストラの音楽によって再創造されたヌビア、アフリカ、ワッサ、エチオピアになるのだろう。ディジー・ガレスピーアート・ブレイキーは実地にアフリカ音楽の現地研究を経て自分たちのジャズに取り入れたが、サン・ラのアプローチはSF作家やファンタジー作家の想像力に近いものだった。
 ウェイン・ショーター(テナーサックス/1933-)は少年時代にSF小説を愛読し、SFコミックスの作家になるのが夢だったそうだが、これはショーターと同世代の黒人少年には珍しいことではなかったそうで、現実にアメリカのSF界で初の本格的黒人作家になったサミュエル・ディレイニー(1942-)が1962年にデビューする以前から、SF小説には非白人(主に黒人)の少年読者が多かったという。SF小説に描かれる未来社会や宇宙文明には現実のアメリカにあるような人種差別は存在しない、というのがその背景にあり、サン・ラが熱狂的な黒人ファンをつかんだのも宇宙スケールの黒人至上主義というか、サン・ラの考える宇宙主義には人種ではなく文明の違いが存在するだけで、たまたま文化的には黒人文化が地球文明をリードしているにすぎないのだった。
(Reissued Impulse! "The Nubians of Plutonia" LP Side A & Side B Label)

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 サン・ラがカリスマ的人気を獲得したのは、まさにアーケストラの音楽によって黒人文化優位主義を宣言した点にあり、ジャズ界ではすでに文化的ステイタスを確立した黒人ミュージシャンはいたし、1950年代~1960年代にはモータウンやスタックスのアーティストたちがおり、さらにマイルス・デイヴィスも賞賛を惜しまなかったジェームス・ブラウンがいた。だがサン・ラはアメリカ規模でも地球規模でもなく、宇宙規模のスケールで音楽を創造していると宣言して、宗教的ではないにせよ一種の思想的教祖になった。その活動は純粋に音楽家としての領域に限定していたにもかかわらず、音楽自体が宇宙的ヴィジョンから生まれたものという主張を押し通した。
 サン・ラの音楽自体がジャズ全体の主流からも、一般的な黒人ジャズからも扉を隔てたようなものだったのが「Nubia」以降のB面4曲には強烈に表れている。エレクトリック・ピアノ、ベース、ドラムス、パーカッション、ナイジェリア製チャイムによる「Nubia」からほとんどメドレーで続くヴォーカル・コーラスとフルート、パーカッションをフィーチャーした「Africa」の2曲はすでにアーケストラ1960年代以降のフリージャズ・スタイルの原型があり、ピアノの力強いリフから始まる「Watusa」はこのアルバムでの初演は2分半強とテーマ・アンサンブルの提示にとどまるが、1960年代末のジャズ・ロックや1970年代のアフロ・ビートの先駆をなす画期的な楽曲だった。アルバムを締めくくる「Aiethopia」は「Africa」のヴォーカル・コーラスを抜いて、ホーンによるオーケストレーションに置き換えたヴァージョンで、楽曲として完成されているのは「Africa」よりこちらだろう。再演される場合もヴォーカル・コーラス曲「Africa」ではなく「Aiethopia」から発展させた「Ancient Aiethopia」としてレパートリーに残っていくことになる。このアルバムは傑作だが、いわゆる4ビート・ジャズはA1とA3しかないためうかつにお薦めできないアルバムでもある、面白い音楽かというと、その面白さもかなりわかりづらいポイントに設定されているのは否めない。だが1966年の初発売以来、熱心に聴かれ続けているアルバムであるのを理解できたら、一気にサン・ラの音楽的発想の核心に触れることができる意味では、今でも重要作たる意義を失わない。