人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

グリフォン Gryphon - 女王失格 Red Queen to Gryphon Three (Transatlantic, 1974)

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グリフォン Gryphon - 女王失格 Red Queen to Gryphon Three (Transatlantic, 1974) Full Album : https://youtu.be/INn8BO9iMCc
Recorded & Mixed by Dave Grinsted at Chipping Norton Studios, August 1974
Released by Transatlantic Records TRA 287, December 1974
Produced by Gryphon and Dave Grinsted
(Side One)
A1. 華麗なる序章 Opening Move (Harvey, Taylor, Gulland, Oberle) - 9:42
A2. 激怒 Second Spasm (Taylor, Gulland) - 8:15
(Side Two)
B1. 哀悼の歌 Lament (Taylor, Gulland, Nestor) - 10:45
B2. チェックメイト(王手詰め) Checkmate (Harvey, Taylor, Gulland, Oberle) - 9:50
[ Gryphon ]
Brian Gulland - bassoon, krumhorn
Graeme Taylor - guitars
Richard Harvey - keyboards, recorders, krumhorn
Philip Nestor - bass guitar
David Oberle - drums, percussion, tympani
with
Organ manufactured by Ernest Hart
Acoustic bass manufactured by Pete Redding

(Original Transatlantic "Red Queen to Gryphon Three" LP Liner Cover & Side One/Side Two Label)

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 前作のセカンド・アルバム『真夜中の饗宴』Midnight Mushrumpsはデビュー作『鷲頭、獅子胴の怪獣』Gryphonでは本来メンバーが専攻していたイギリスのバロック音楽のロック化の素朴さから一気にオリジナリティと完成度を高めたアルバムでしたが、1973年6月発売のデビュー作、1974年4月発売の前作に続き1974年12月に発売された本作『女王失格』Red Queen to Gryphon Threeは『真夜中の饗宴』と並ぶグリフォンのアルバム中1、2を争う名作になりました。次作『Raindance』1975はTransatlanticレーベルからの最終作になりレーベルはもはやバンドの商業的成功に見切りをつけた恰好で、グリフォンは辛くもEMI/Harvestレーベルから単発契約で最終作『反逆児』Treasonを1977年に発売しますが1977年はパンク・ロックの主要バンドが次々とデビュー・アルバムを発表していた年でした。イギリス古楽をロック化したプログレッシヴ・ロックグリフォンはもはや時代に取り残された前世代のバンドであり、アルバム5枚中少なくとも2枚の傑作を残したバンドにもかかわらず評価と存在感が浸透するにはあまりに活動期間が短かったのです。メンバーの年齢もトランスアトランティック時代は大学在学中、オリジナル・メンバーのうち3人が残り新メンバーを加えたラスト・アルバムの頃はほとんどライヴ活動を行っておらず(機会もなかったのでしょうが)、つまりメンバーの大学在学期間中のみに活発な活動を行ったバンドでした。王立音楽院を始めとして正規のアカデミックな音楽教育を受けたメンバーたちでしたのでグリフォンの解散後は音楽学者、作曲家、教育者、オーケストラ奏者ら音楽アカデミズムの中のエリートの道に進みます。グリフォンはもともとロック・ミュージシャン志望者たちのバンドではなかったので、音大エリート大学生たちの就職までの青春時代のサークル活動のようなグループだったのです。
 デビュー・アルバムがA面B面各6曲でほぼ全曲がイギリス古楽の俗曲に属する舞踏曲とバラッドのアレンジやそれらの模作からなる小曲集、つまり一種のダンス&チルアウト・アルバムだったのに対し、セカンド・アルバムはA面全面がシェイクスピアテンペスト』の新規上演用に委託された大曲でB面はA面の曲想を継いだ5曲の小曲集という構成はデビュー前から親好があり同じマネジメントに属したイエスの系譜にあるプログレッシヴ・ロックのアルバムとしての性格を強めたものでした。楽曲やアレンジもオリジナリティを確立しバンドの勢いを感じさせる密度の高いアルバムですが、イエスのジョン・アンダーソンに似せたドラマーのデヴィッド・オバリーのヴォーカルに限界があり、リーダーのリチャード・ハーヴェイグリフォン初の完全インストルメンタル・アルバムを構想します。それがA面B面に各10分前後の大曲を2曲ずつ収めた本作で、特種楽器の多用では凝りに凝ったセカンド・アルバムに較べてハーヴェイのリコーダーとキーボード、ガランドのバスーンをソロイストにフィーチャーしたアンサンブルは前作の大作タイトル曲よりさらにすっきりと練られた展開にアレンジされており、全4曲隙と無駄もなければ凝りすぎの難解さもない、余裕のある良さがあります。オルガンとシンセサイザー、ギターとベースには本作発表の1974年11月~12月にかけて前座バンドとして北米ツアーに同行したイエスの従来からの影響がうかがえますが、イエスのアンサンブルの網の目のような周密さ、オルガン/ピアノのみならず息継ぎする間もなく細かいサウンドの刺繍を織り上げていくスティーヴ・ハウのギターとクリス・スクワイアのベースほど強迫的的なアンサンブルを指向していないのがグリフォンの良さでもあり、当時のイギリスの多数のプログレッシヴ・ロックのバンドからグリフォンを抜きん出た存在とまでは持ち上げられなかった穏健さでしょう。人気、セールス、評価とも一流と目されたバンドはやはり穏健さよりも過剰なテンションや情動への訴求力が強い音楽性に個性があり、グリフォンの本格的再評価も1990年代のCD化と散発的な再結成ライヴ活動を待たなければなりませんでした。レトロスペクティヴとしては十分な偉業を残したと認められるバンドながら、同時代のバンドとしてはどうしてもインパクトに今一つ欠ける感じはこれほどの名作セカンド、サード・アルバムにすらあり、上品さと穏健さも長所であるとともにグリフォンの限界をうかがわせもするのです。