人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ワパスー Wapassou - ニンフの泉 Wapassou (Prodisc, 1974)

ワパスー - ニンフの泉 (Prodisc, 1974)

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ワパスー Wapassou - ニンフの泉 Wapassou (Prodisc, 1974) Full Album+Bonus tracks : https://youtu.be/7qGKLJ9PzoY
Recorded by Robert Baum
Released by Prodisc Strasbourg PS 37342, 1974
Production : Wapassou Musique
Paroles et Musique : Freddy Brua
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(Bonus tracks)

1. 淑女達-花々 Femmes-Fleurs - 2:42 (A.P.G.F. AS 001, Single Face A, 1974)
2. ボルジア Borgia - 2:22 (A.P.G.F. AS 001, Single Face B, 1974)
ワパスー Wapassou - ワパスー Wapassou (Prodisc, 1974)

(Face A)

A1. 哀歌 Melopee - 3:59
A2. 無 Rien - 10:38
A3. 音楽幻想 Musillusion (Wapassou) - 3:54

(Face B)

B1. 処罰 Chatiment - 6:48
B2. 旅 Trip - 13:37

[ Wapassou ]

Freddy Brua - claviers
Karin Nickerl - guitares et basse
Jacques Lichti - violon
Fernand Landmann - equipement accoustique
Musiciens additionnels : Geneviève Moerlen - flute, Jean-Jacques Bacquet - clarinette, Jean-Michel Biger - batterie, Benoit Moerlen - percussions, Christian Laurent - sitar, Jean-Pierre Schaal - basse

(Original Prodisc "Wapassou" LP Liner Cover & Face A Label)

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 フランスの旧アルザス圏、ストラスブールで1972年に結成されたバンド、ワパスーは1974年に自主制作シングル「淑女達-花々(Femmes-Fleurs)」とアルバム『ニンフの泉』でデビューしましたが、正式メンバーはフレディ・ブレア(キーボード)、ジャック・リュシュティ(ヴァイオリン)、女性ギタリストのカラン・ニッケルの3人で、およそ標準的なロック・バンドとはかけ離れた編成でした。デビュー・シングルAB面にはゲスト・ドラマーが入り、アルバムも多数のゲストを迎えたもので、本作では歌らしい歌も聴けますが、次作以降はヴォーカル・パートも歌詞のないスキャット的なものになり、他のバンドでは通用しないような女性ギタリストの演奏ともどもキーボード、ヴァイオリンともに他のバンドでは聴けないような素頓狂な音色を持っており、英米ロックのマチズム的なサウンドとはまったく異なる音楽性ではフランス本国でもドイツ、イタリアらユーロ圏のバンドでもわずかにポポル・ヴー(西ドイツ)、オパス・アヴァントラ(イタリア)らの実験的グループあたりにしか聴けないようなものでした。このデビュー作はまだしも多数のゲストによってロック・バンドらしいアンサンブルが聴かれるもので、有力インディーのクリプト(Crypto)・レーベルから本格的にデビューした『ミサ・ニ短調(Messe en re mineu)』1976、『サランボー(Salammbo)』1978、『ルートヴィッヒ2世(Ludwig, un roi pour l'eternite)』1979は三部作をなし、1作ごとに突拍子もない室内楽的反ロックを築いていくことになります。これらのクリプト盤が日本盤発売されたのはようやく1990年代になってからのCDリリースでしたが、アンジュ・フォロワーのモナ・リザも所属していたクリプト盤は1980年代になっても廃盤にならず輸入盤のロングセラーになっていたので、自主制作盤の本作はCD発売に先駆けてLP時代に日本のインディー・レーベルから日本盤リリースされていたほどです。ワパスーの名盤はクリプトからの三部作という評判あっての日本発売でしたが、このデビュー作はカトリーヌ・リベロ+アルプやアンジュに似たジプシー・フォルクローレ的な曲想を持った収録曲も多く、完成度の高いクリプト三部作とは重なりながら異なる本作ならではの素朴な魅力のあるアルバムです。

 クリプト・レーベルでの三部作のあとワパスーはステルヌ(Sterne)・レーベルに移り、専属ドラマーと専属女性ヴォーカリストを迎えてニューウェイヴ~ロック~ソウル~エレクトリック・ポップ色の強い作風にいきなり転換したアルバム『Genuine』1980を発表、これはフランス本国でも不評なら日本にもほとんど輸入されず、入手した日本のリスナーにもまったくの不評に終わりました。バンドはなおも地道に活動を続け、ヴォーカリスト2人とギタリスト2人が加入しカラン・ニッケルがベースに専念した『Orchestra 2001』を1986年に発表、プログレッシヴ・ロックらしい作風にまたもや転換しましたが、結局それがワパスーの最終作になります。ワパスーの評価はクリプトからの三部作、次いで三部作の習作と見なせる自主制作盤『ニンフの泉』の4作に尽きるので、クリプト三部作はすべてAB面通して1曲の大作組曲になりますが、本作のA3「音楽幻想(Musillusion~Wapassou)」のモチーフはそのままクリプト三部作の第1作『ミサ・ニ短調』の主要モチーフになってアルバム1枚AB面に拡大されます。またシンセサイザーの本格的導入によって1作ごとにキーボード・サウンドが異常になっていくので、タンジェリン・ドリームクラフトワークらドイツのゲルマン的=分析的発想とは違った電子音楽的要素を時期的にやや遅れて探究したのがワパスー、エルドンらフランスの、ラテン的解剖学的発想によるロック・エレクトロニーク手法と見なせます。そこらへんの違いは以降のワパスー作品をご紹介する際に分け入ってご説明いたします。

 ユーロ・ロックには特定のスタイルが特にあるわけではなく、北欧やネーデルランド諸国ではほぼ英米ロックのスタイルが直輸入され、ドイツやイタリア、フランスでは国ごとに英米ロックの各種側面を誇張したようなスタイルがバンド、アーティストごとに見られますが、ドイツやイタリアのバンドに較べて平均的にフランスのバンドはボトムが弱く、重心の低さに不足がある観が強い印象を残します。ジャズ界でも第一線のミュージシャンが参加したゴング、マグマ、リベロ+アルプ、純粋なプログレッシヴ・ロック・バンドとして国際的に見ても高い音楽性を誇るアンジュやアトール、ピュルサーですらごく一般的な英米ロックのバンドよりもどこか重心が高いのが感じられ、それが浮遊感になって音楽的に効果がある場合は良いのですが、浮遊感と重心の低さをともに兼ね備えた、つまりビートの強い本来のロックらしいロック・バンドが英米やドイツ、イタリアには普通にいるのを思うと、フランスのロックの国際的な人気の低さの原因はリズム的要素の貧弱さにあると言ってもあながち的はずれではないでしょう。ゴングもマグマも超一流バンドですがゴングはあまりに気まぐれでつかみどころがなく、マグマは力めば力むほど単調になってしまうのです。さて、ワパスーは演奏力で言えばとてもプロのミュージシャンとは呼べない力量のメンバーばかりの、しかもリズム・セクションのメンバーはゲストを呼ぶか、クリプト三部作ではリズム・セクションのゲスト・メンバーすら招かなくなったバンドでした。ヴァイオリンもキーボードも高音域の長音符しか弾かず、ギターも細く軽い音色でたどたどしく、ベースもほとんどダビングされていません。しかしワパスーのセンスは他では聴けない、まるで幻聴のように異様な音色と、その羽毛のような音色を最大限に利用した織物のようなサウンド・テクスチャーにありました。次作『ミサ・ニ短調』ではスキャット・ヴォイスしかゲスト参加のないヴァイオリン、キーボード、ギターに徹したアンサンブルが聴かれます。さらにワパスーのクリプト三部作は進むに従ってサウンド要素を削ぎ落とし、『サランボー』では組曲らしい構成すら稀薄になり、究極作『ルートヴィッヒ2世』では徹底的に音色だけに特化したヴァイオリン、キーボード、ギターと女性スキャットがほとんど楽曲らしい展開もなしにLP・AB面40分のサウンド空間を埋めつくします。本作『ニンフの泉』はまだスタイルの確立途上にあってワパスーのアルバム('80年代の『Genuine』『Orchestra 2001』は実質的に同名異バンドとすれば)ではこれでもまだロック色が強く、多彩でもあれば多彩さを生かしきっていない点で不純物も多い習作ですが、おそらく初めて聴く大多数のリスナーにとってあまりにとりとめなく聴こえかねない名盤のクリプト三部作のどれかから入るよりも本作から聴き始めた方がワパスーという妖精的存在を理解しやすい作品です。これが始まって8秒で異次元空間に突入する究極の『ルートヴィッヒ2世』から聴いたのでは大半のリスナーが引いてしまうので、まずはまだアマチュア・バンド然とした自主制作盤の本作に触れて、このムードだけの下手くそなバンドがいかに化けて行ったかを『ミサ・ニ短調』『サランボー』『ルートヴィッヒ2世』と追っていきたいと思います。