人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2018年10月10日~12日/アメリカ古典モンスター映画を観る(4)

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 今回からのコスミック出版の書籍扱い廉価版ボックスセットは『ホラー映画傑作集~ドラキュラvsミイラ男』で(発売順)、『フランケンシュタインvs狼男』は9本組・全作ユニヴァーサル作品かつ3作はフランケンシュタインの怪物と狼男の競演作(さらに1作はドラキュラも競演)でしたが、『ドラキュラvsミイラ男』は10本組・ユニヴァーサル作品9作にコロンビア作品1作で、ドラキュラとフランケンシュタインの怪物、狼男との競演作1作を含みますが、ミイラ男と他のモンスターの競演作はありません。トーキー時代のユニヴァーサル社のホラー映画路線を築いたのが'31年2月公開(日本でも同年10月公開)の『魔人ドラキュラ』で、同作がメジャー映画社でも年間ベスト1級の興行収入80万ドルを越えるヒット作になったため、ユニヴァーサル社がサイレント時代は散発的だった「ユニヴァーサル・ホラー」のシリーズを本格的にレギュラー化することになった、映画史上の里程標的作品です。ドラキュラのシリーズは『女ドラキュラ(Dracula's Daughter)』'36、『夜の悪魔(Son of Dracula)』'43と続き、次作以降はフランケンシュタイン、狼男のシリーズと合流するので『魔人ドラキュラ』『女ドラキュラ(原題・ドラキュラの娘)』『夜の悪魔(原題・ドラキュラの息子)』が通常ドラキュラ三部作とされます。――なお今回も作品解説文はボックス・セットのケース裏面の簡略な作品紹介を引き、映画原題と製作会社、アメリカ本国公開年月日を添えました。

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●10月10日(水)
『魔人ドラキュラ』Dracula (Universal Pictures'31)*74min, B/W; アメリカ公開'31年2月12日 : https://en.wikipedia.org/wiki/File%3ADracula_trailer_%281931%29.webm (trailer)
監督 : トッド・ブラウニング
主演 : ベラ・ルゴシ、ヘレン・チャンドラー、エドワード・ヴァン・スローン
・500年前に死んだはずのドラキュラ伯爵は、東欧のトランシルヴァニアから、ロンドンに移住し、修道院を棲家とした。彼は高貴な伯爵として社交界に現れ……。吸血鬼映画の原点にして傑作。

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 あまりに著名な本作は著名なだけに割りを食っているのではないかと心配になります。2000年にはアメリカ国立フィルム登録簿登録作品になり、2017年には一部別キャストによる本作のスペイン語版(サウンド・トーキー映画の音声のダビング技術は'33~'34年に定着したので、本作は映像・音声同時収録で撮影されたため、スペイン系移民~ポルトガル語圏であるブラジルを除くスペイン語圏の全南米用にスペイン語版も平行撮影されました)も同登録簿登録作品になっています。監督はグリフィスの『イントレランス』'16の助監督を経て翌年から独立したトッド・ブラウニング(1880-1962)で、ブラウニングはサイレント時代にロン・チェイニー(1883-1930)がMGM専属になった'25年~'29年にチェイニーのMGM作品の1/3強に当たる8作を手がけ、ブラウニング監督作を筆頭にMGMのチェイニー主演作は興行収入80万ドル~100万ドル強が水準でしたから(チェイニー最大のヒット作はユニヴァーサル社で主演した『ノートルダムの傴僂男』'23の興行収入350万ドル、次いで同社の『オペラの怪人』'25の250万ドルですが)『魔人ドラキュラ』も当初はユニヴァーサル社がフリー監督のブラウニングにMGMからチェイニーを借りてきて主演させる企画でした。しかし'30年初頭から体調を崩していたチェイニーは同年8月に急逝してしまったので、'27年からブロードウェイの舞台劇でドラキュラを演じて評判を取っていた('27年12月公開のブラウニング&チェイニーの吸血鬼映画『真夜中のロンドン』はその吸血鬼ブームにあやかったものでした)ハンガリー系俳優のベラ・ルゴシ(1882-1956)を映画でも主演に起用します。ルゴシもハンガリー映画界で'17年から活動していた俳優で、'27年に渡米してきてからは舞台劇『ドラキュラ』以外にも端役俳優として映画出演していましたが、ハリウッド映画での主演は本作が初めてになり、主演デビュー作にして生涯の当たり役というべき大ヒットになりました。チェイニーの死と入れ替わるようにしてチェイニーより1歳年長のルゴシがデビューしたのも数奇な縁を感じます。本作はチェイニーが健在で主演を果たしても大ヒット作になったでしょうし(チェイニー逝去3か月前に公開された遺作で唯一のサウンド・トーキー作になった『三人』'30は100万ドルの興行収入を上げています)名作にもなったでしょうが、チェイニーは異形の主人公を演じて人間的な苦しみ、悲しみを表現するタイプの名優でしたので、ルゴシの演じた人間味の一切ない非情な化け物ドラキュラ伯爵はルゴシならではの味であり、本作のドラキュラ伯爵はそれが魅力なのですからチェイニーでは別物になっていたのは確実なので、本作はやはりルゴシあっての『魔人ドラキュラ』の感が深いのです。
 ――ただし本作は、ドラキュラ研究家のヴァン・ヘルシング教授(エドワード・ヴァン・スローン)が理解者もなく孤軍奮闘して本格的にドラキュラ伯爵と戦い始める後半1/3まではけっこうテンポが遅く、サイレントではテンポの良い作りが得意だったブラウニングはサウンド映画ではスローテンポやサウンドの抑制に効果があるのを意識しているのがわかりますし、実際じれったい効果を上げていますが、事件が頻繁に起きる割に決まって間接描写ばかりなのが目立ちます。暴力描写とエロティシズム過剰だった'30年代初頭のギャング映画のブームを抑制するためにハリウッドで提唱者の名前を取ってヘイズ・コードと呼ばれる倫理コードが施行されたのは'34年ですが、本作は'31年作品なのに自主規制に極端によって気を配っており、ドラキュラが犠牲者(美女、男問わず)の首に噛みつく場面はすべて倒れた犠牲者にかがみこむまででフェイド・アウトし、襲われる場面は悲鳴で暗示され、棺の中で眠るドラキュラ伯爵の胸に杭を打ちこむシーンもヴァン・ヘルシング教授が杭と石を用意し、悲鳴が上がり、ドラキュラの呪いの解けたヒロインとその婚約者に「ドラキュラ伯爵は死んだ」と台詞で説明するだけです。首から血を吸うシーンはエロティックだから描かず、杭を打ちこむシーンは残虐かつショッキングだから描かない、という自主規制が働いているので、続編『女ドラキュラ』『夜の悪魔』ではやや緩みますが、原則的には直接の吸血描写、殺傷描写は描かれません。しかしドラキュラものの魅力は美女の首筋に吸いつく(または美女ドラキュラがそうする)エロティシズム、吸血鬼退治のグロテスクな残虐性にあるのは言うまでもなく、戦後の'50年代末からのイギリスのハマー・フィルム(ピーター・カッシングクリストファー・リーらが主演)のホラー作品ではエロティシズムとグロテスクさが強調されてユニヴァーサル・ホラー作品のリメイクが行われます。今回観直してこんなに直接の吸血描写がない映画だったのか、と改めて意外でしたが(記憶の中でそういうシーンが補完されるわけです)、本作はルドルフ・マテと並ぶドイツ'20年代の名カメラマン、カール・フロイント(1890-1969)のロー・キーの撮影がルゴシと並ぶ主役で、『ゴーレム』'20、『最後の人』'24(一人称ショットの大胆な導入で映画史上の画期作となった作品)、『ミカエル』'24、『ヴァリエテ』'25、『タルチュフ』'26、『メトロポリス』'27、『伯林-大都会交響楽』'27とドイツ映画史に残る名作の数々を手がけてきたフロイントは本作ではブラウニングが煮詰まった数シーンではノンクレジットで監督も兼ね、ユニヴァーサルに認められてボリス・カーロフ主演の『ミイラ再生』'32を監督することになります。フロイントの撮影技術がユニヴァーサルの専属カメラマンたちにいかに手本になったかは、ジョージ・ロビンソン撮影の『女ドラキュラ』『夜の悪魔』も『魔人ドラキュラ』と遜色ない撮影であることでも明らかで、優れた撮影が過剰な自主規制による描写不足を補っているとも言えます。

●10月11日(木)
『女ドラキュラ』Dracula's Daughter (Universal Pictures'36)*71min, B/W; アメリカ公開'36年5月11日
監督 : ランバートヒルヤー
主演 : オットー・クルーガー、グロリア・ホールデン、マルグリーテ・チャーチルエドワード・ヴァン・スローン
・「魔人ドラキュラ」の続編。ヴァン・ヘルシング教授がドラキュラを葬った後から物語は始まる。ドラキュラ伯爵の娘が現れ、父の呪縛に苦しみながらも、彼女は生き血を求めてしまうのであった……。

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 本作の監督ランバートヒルヤーはトーマス・H・インス門下生で、ロン・チェイニーの『ノートルダムの傴僂男』'23(9月公開)の直前作『大地震(The Shock)』'23(6月公開)の監督でもあったユニヴァーサルの専属監督ですが、チェイニー主演作としてはそれなりに面白いも水準作にとどまった『大地震』と本作ではさすがに13年も経っているだけあって腕前の向上が見られます。本作は『フランケンシュタインの花嫁』'35が『フランケンシュタイン』'31のラスト・シーン直後から始まっていたように『魔人ドラキュラ』のラスト・シーンに警官が駆けつけるところから始まっていて、前作のヒロインとその婚約者は立ち去ったあとらしく、フォン・ヘルシング教授が駆けつけた警官にドラキュラ伯爵の遺体損壊(死後500年経過しています)と、精神病患者レンフィールド(ドラキュラ伯爵の下僕で、伯爵が殺害していた)の殺害容疑で逮捕されるところから始まっています。教授役は前作と同じエドワード・ヴァン・スローンですが、ヴァン・ヘルシングからフォン・ヘルシングに名前が変わっています。映画では同名人物からのクレームではままある例です。しかし転落事故死と見なされるレンフィールドはともかく、吸血鬼退治を信じてもらえない警官相手に話は通じず、証拠不十分ながら逮捕され、これは別の吸血鬼の仕業に違いない、と教授は推測して教え子の精神科医、ジェフリー(オットー・クルーガー)を弁護人として呼びます。ジェフリーはもちろん吸血鬼の存在には半信半疑ですが、教授への助力を約束します。一方、チェルシーに身を潜めるドラキュラ伯爵の娘ザレスカ伯爵夫人(グロリア・ホールデン)は、下僕サンドー(アーヴィング・ピッシェル)に命じてスコットランド・ヤードから棺ごとドラキュラ伯爵の死体を盗み出させ、父の呪いから解放されようと棺ごと遺体を燃やしますが、それがかえってザレスカ伯爵夫人の吸血本能を呼び覚ますきっかけになります。ザレスカ伯爵夫人は人を催眠状態にする宝石指輪を使って吸血事件を起こします。さらに伯爵夫人はサロンに趣味の絵画を寄贈し、社交界に顔を出すようになってジェフリーとその秘書のジャネット(マルグリーテ・チャーチル)と知りあい、ジェフリーの吸血症の医学的治癒に期待するようになりますが、吸血欲は足りずサンドーに命じて町の娘リリ(ナン・グレイ)を絵画モデルに呼び、伯爵夫人は吸血欲を克服しようとしますが、結局襲ってしまいます。血を吸われたリリは逃げ出してきて意識不明で倒れているところを保護されます。吸血事件と知って駆けつけたジェフリーは伯爵夫人のアトリエの場所を訊き出しますがリリは死に、伯爵夫人はついに吸血鬼である宿命を受け入れます。伯爵夫人は秘書ジャネットを誘拐してジェフリーを誘い出し、トランシルヴァニアに同行しなければジャネットの命は保障しないと脅迫され、遂にトランシルヴァニアのドラキュラ城でジェフリーはジャネットとひきかえに吸血鬼の一族になるのを同意します。ザレスカ伯爵夫人がジェフリーに吸血鬼の儀式を施そうとしたその時、ジェフリーを狙ってサンドーの放った矢が逸れて伯爵夫人の心臓を貫き、フォン・ヘルシング教授を伴いジャネットを救出した警視庁の警官たちが突入してきてサンドーを射殺します。
 ――本作はタイトル通りのドラキュラ伯爵の娘、ザレスカ伯爵夫人役のグロリア・ホールデンがなかなか貫禄のある女ドラキュラぶりで、女ドラキュラと対決する精神科医ジェフリー役のオットー・クルーガーも好演です。下僕サンドーの役割が少々都合が良くはないかと思えないでもないですが、このくらいのご都合主義は許容範囲でしょう。原作は『ドラキュラ』の原作者ブラム・ストーカーの短編小説でドラキュラの娘の話「Dracula's Guest」が基になっているそうですが、同原作はMGMが映画化権を取得していたものの、ユニヴァーサルが「Dracula」を登録商標してしまったためにユニヴァーサルに譲渡することになったそうで、ユニヴァーサルでは『フランケンシュタイン』のジェームズ・ホエールを監督の第1候補にして企画を立てたが結局ランバートヒルヤーに落ち着いたとのことです。興行収入1,200万ドルの『フランケンシュタイン』の監督ですから契約監督以上の発言権があったに違いなく、『魔人ドラキュラ』の続編なんか受けるものかとこじれたのかもしれません。公開当時から本作は賛否両論かまびすしかった作品だったとされますが、それは女ドラキュラという題材の特異性もあれば「美女が美女を襲う」というのが公開当初からの売りだったので、映画の実際の内容以上にレズビアン的要素を強調した宣伝戦略が賛否両論の原因にもなり長年評価の安定しなかった由来にもなり、現在ではそうした受容史も含めて映画史上特異な作品として評価が高まったということになるようです。本作程度でもハリウッド映画ではレズビアン・ムードのエロティシズムが話題になったということで、アメリカのゲイ映画といえばアラ・ナジモヴァ主演の傑作『サロメ』'22や、インディペンデントの短編実験映画の古典「Lot in Sodom」'33がありますが、それらアート・ムーヴィーとして作られた作品と違って『女ドラキュラ』は真正面から大衆娯楽怪奇映画です。それでこの内容では、少なくとも家族で観て楽しむ映画ではないでしょう。'30年代半ばといえばベティ・デイヴィスという強烈な女優もいて、実はゲイの黒人男性に熱烈なファンが多かったそうですが(順序は逆で、デイヴィスに熱中した黒人の少年映画観客がゲイに育ったとも言えるようです)、この『女ドラキュラ』も女の子より小中学生の男の子が見ると歪んだ女性観を抱いて育ってしまいそうな映画です。それはそれで映画の力ですから、大衆娯楽ホラー映画と言えどもあなどれないことではないでしょうか。

●10月12日(金)
『夜の悪魔』Son of Dracula (Universal Pictures'43)*80min, B/W; アメリカ公開'43年11月5日
監督 : ロバート・シオドマク
主演 : ロン・チェイニー・Jr、ルイーズ・オールブリットン、ロバート・ペイジ、イヴリン・アンカース
アルカード伯爵と名を変えてアメリカにやって来たドラキュラ。富豪の娘キャサリンと結婚したが、彼女の目的は吸血鬼となって不老不死の力を得て、恋人フランクと永遠に結ばれることだったのだ……。

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 前作が『(原題)ドラキュラの娘』なら本作は『(原題)ドラキュラの息子』で、ロバート・シオドマクのユニヴァーサル作品監督第1作、カート・シオドマク原案・脚本、ドラキュラの息子アルカード伯爵がロン・チェイニーJr.、さらにカート・シオドマク原案・脚本、ロン・チェイニーJr.主演『狼男』'41のヒロイン、イヴリン・アンカースが本作でもヒロインというだけでも嬉しいものです。また吸血鬼がコウモリに変身するトリック撮影はシリーズでも本作が初で、なぜか煙が立ち昇るのですがそこらへんの科学的根拠は問うだけ野暮でしょう。映画はハンガリーからアルカード伯爵が農園主コールドウェルの娘、キャサリン(ルイーズ・オールブリットン)に招待されてやってくるところから始まり、使用人がアルカード伯爵の荷物を搬入している最中、名前入り紋章を見て「ARUCARD」が「DRACURA」の逆綴りなので怪訝に「ドラキュラ……?」と呟きます。アルカード伯爵の到着早々に農園主コールドウェルは心不全で突然死し、次女クレア(イヴリン・アンカース)には預貯資産、長女キャサリンには農園「ダークオークス」を継がせます。キャサリンは神秘学に熱中していて伯爵をハンガリーから招きましたが、すぐに伯爵に迫って恋人フランク(ロバート・ペイジ)には秘密で伯爵と結婚してしまいます。フランクは激昂して伯爵を銃撃しますが、弾丸は伯爵の体を通り抜けて背後のキャサリンに当たり、キャサリンは倒れます。フランクは茫然自失して逃走し、精神科医のブリュースター博士(フランク・クレイヴン)に相談します。二人は農園を訪問しますが、アルカード伯爵と無傷のキャサリンに歓迎されます。伯爵夫妻は今後は研究のため忙しいので訪問は夜だけを受ける、と告げます。フランクは納得がいかず、警察にキャサリンを銃で殺害した、と自首します。ブリュースター博士はキャサリンが外出しているのを目撃して通報しますが、警官は昼間の農園を捜索しキャサリンの死体を発見し、霊安室に保護します。ブリュースター博士はドラキュラに関する文献を調べ始めます。ハンガリーからラズロ教授がブリュースター家に到着し、二人の教授はドラキュラの逆綴りのアルカード伯爵を吸血鬼と疑います。そこに吸血鬼に襲われた少年が運びこまれますが、二つの牙の痕に十字架の印にヨードチンキを塗って治癒します。コウモリが扉をすり抜けです現れアルカード伯爵の姿に戻って二人の学者を嘲笑しますが、十字架を突きつけられて再びコウモリに戻るとドアをすり抜けて去ります。一方牢獄の中のフランクのもとにコウモリが現れ、キャサリンの姿に戻ると、キャサリンは神秘学研究の結果不死の生命を得るためにアルカード伯爵を呼びよせて結婚して不死となった、フランクにも不死の生命を与えて二人で永遠の愛の生活をしたい、愛しているのはフランクだけで伯爵は不死の手段のため結婚したにすぎない、と告白します。最初は反発したフランクはキャサリンに従うことにし、伯爵が棺から出ているうちに棺を燃やせば昼の光で伯爵は死ぬ、と教わります。フランクは脱獄し、キャサリンから教えられたアルカード伯爵の棺を探し出して燃やします。伯爵が戻って燃え上がる棺を消し止めようとフランクと格闘しますが、棺は焼け、昇った陽に伯爵は白骨化します。フランクの脱走を知って状況を悟ったブリュースター博士とラズロ教授が警官とともに突き止めた棺の部屋に急ぎます。フランクはキャサリンの棺を見つめ、自分の指輪を眠るキャサリンの左の薬指に添えます。博士や警官たちが部屋に入ると、キャサリンの棺を燃え上がらせて立ちすくむフランクの姿がありました。
 ――と、要約してしまうとキャサリンの妹クレア役のイヴリン・アンカースの出番がぜんぜんありませんが、明るく健康明朗なクレアはフランクやブリュースター博士の話の聞き役なので、作中人物であるとともに観客代表で説明不足な部分を整理して訊き返してくれる役目です。映画タイトルは『(原題)ドラキュラの息子』と言いながら、本作でこわいのは神秘学(ほとんど黒魔術)に熱中するあまり自分から進んでドラキュラの末裔と結婚して女吸血鬼となる姉娘キャサリンなので、ドラキュラ三部作の続編2作はどちらも女ドラキュラの話と言えます。ドラキュラ伯爵の息子アルカード伯爵もなにも正直にドラキュラの逆綴りを名乗らなくても良かろうにと思いますが、『魔人ドラキュラ』でもベラ・ルゴシのドラキュラ伯爵はけっこう人を食ったところがある性格で(ヴァン・ヘルシング教授との対決場面など「……人の分際で知りすぎたな」という調子です)、本作でも少年の治療が済むと現れてあざ笑うのに十字架を突きつけられると泡を食って逃げていく、と、案外愛嬌のある面を見せます。フランケンシュタインのシリーズよりもポルノ映画色が強いな、というのはドラキュラのシリーズでは男女関係が軸になるからで、吸血行為がセックス、しかもレイプであり、致死の場合はともかく感染の場合は妊娠や性病の暗喩にもなるのは言うまでもないでしょう。ブラム・ストーカーから映画化権の許可が下りなかった『吸血鬼ノスフェラトゥ』'22の場合は船の積み荷にネズミが入りこむショットで伝染病の暗喩に吸血鬼伝説の発祥を暗示していました。本作でも第1作の間接描写は引き継がれていて、わずかに伯爵の手が陽にさらされて白骨に変わるショットがあるくらいで、吸血行為の直接描写はありませんし、吸血鬼退治も棺を燃やすので杭打ちシーンはありません。ただし第1作のトッド・ブラウニングの功績は認めた上で(ブラウニングの傑作はサイレント時代にあるとは思いますが)ユニヴァーサル・ホラーのドラキュラは第2作、第3作と進むたびに練れた映画になっており、本作の息子ドラキュラのアルカード伯爵はむしろキャサリンの不死の野望の被害者でロン・チェイニーJr.はキャサリン役のルイーズ・オールブリットンに食われてしまっていますが、冒頭ちょっとごたつくもそうした展開も含めて面白い映画になっています。結末もばっちり決まっており、この辺はさすがにドイツ出身の監督の兄シオドマク、脚本の弟シオドマクともにB級ホラーで終わらない冴えを見せてくれます。