人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

早わかりビリー・ホリデイ(1915-1959)

Billie Holiday - Complete Masters 1933-59 (Universal Import, 15CD, 2014)
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Billie Holiday - PERFECT COMPLETE COLLECTION BOX (Sound Hills, 12CD, 1993/2016)
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 20世紀のジャズ・ヴォーカルで最高の歌手を上げればフランク・シナトラ(1915-1998)、そしてビリー・ホリデイ(1915-1959)さんになるでしょう。この同年生まれの二人は1920年代までのジャズを総合し、'30年代~'40年代のポピュラー歌曲を次々とジャズ・ヴォーカル化し、シナトラとビリーさんのレパートリーはそのまま'40年代以降のモダン・ジャズ=ビ・バップ、ハード・バップのスタンダード曲になりました。デビューは女性だけあってビリーさんの方が早く、18歳にレコード・デビューしていますが、5年遅れてデビューしたイタリア系白人歌手のシナトラが30代には国民的歌手となったのに較べ、黒人女性歌手のビリーさんは生涯ジャズ・マニア向けの歌手にとどまりました。この二人はおたがいに認めあっていたにもかかわらず一般的人気には雲泥の差があり、ビリーさんが44歳で逝去した時に生涯の録音曲はCD15枚分だったのに対し、シナトラはすでにCD46枚分ものシングル、アルバムを発表していました。またビリーさんは後輩でレコード会社がビリーのライヴァルとしてプッシュしたエラ・フィッツジェラルド(1917-1996)よりも大衆性がなかったので、ビリーさんより2年遅れでデビューしてヴァーヴ(クレフ)・レコーズがビリーの対抗馬として全力で売り出したエラは、ビリーの没年までにCD48枚分もの録音の機会に恵まれています。またサラ・ヴォーン、カーメン・マクレイ、シーラ・ジョーダンらはディジー・ガレスピーがビリーの後継者として育てた歌手で、ビリーのステージに欠かせない椿の花を楽屋でビリーにヘアメイクするのを名誉としていたビリー直系の若手女性ジャズ・ヴォーカリストたちでした。

 ビリーさんは'30年代~'40年代にまだバックバンドが2ビート感覚で演奏しても、いち早く8ビートや16ビートのリズム・アクセントで自在に歌えるとんでもないヴォーカリストでした。'40年代以降のチャーリー・パーカーディジー・ガレスピーバド・パウエルレニー・トリスターノマイルス・デイヴィスら管楽器・ピアニストからベーシスト、ドラマーまでビリーのリズム感覚に学んだのがモダン・ジャズ=ビ・バップを決定づけた功績が、シナトラのポピュラー・ヒットからのスタンダード・ジャズ化による影響を上回るのはその点です。バックバンドが'30年代~'40年代の古いビート感覚で演奏していても、ビリーのヴォーカルが古びないのは、洗練されて悠然とした(それはそれで古びない)シナトラのスタイルと好対照をなしていました。ビリーさんは18歳でデビューしてから44歳で亡くなるまで、生涯4つのレコード会社からアルバムを出しました。コロンビア、コモドア、デッカ、ヴァーヴ(クレフ)の4社ですが、レコード会社の垣根を越えて、全録音323曲(スタジオ録音の再アレンジ曲含む)は15枚組CDボックス『Complete Masters 1933-59』(Universal Import, 2014)にまとめられています。15枚組CDボックス『Complete Masters 1933-59』はコロンビア、コモドア、デッカ、ヴァーヴ(クレフ)の全時期にまたがっていたすが、いきなり全集から入るのはきついですから、各レコード社別のベスト盤から入るのが手頃でしょう。
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Lady Day : The Best of Billie Holiday (Columbia/Sonny, 2004) : https://youtube.com/playlist?list=PLqV7XxSWoH8rUSHAl2NaT1vVCbhsv9HbT
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Billie Holiday - In Commodore (Commodore, 1959) : https://youtube.com/playlist?list=PLArpKJA0hY4oTuB3_gME6HPYyVmOXJoS1
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The Best of Billie Holiday (Decca, 1995) : https://youtube.com/playlist?list=PLidwfRkMJi-0HmN4MXVmNV0YlWh3hixBo
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Billie Holiday - Lady in Autumn : The Best of The Verve Years (Polygram/Veive, 1995) : https://youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_mngoS4xzZouIkUPmptklAz-5n9QMXw7M0

 コロンビア、コモドア、デッカ、ヴァーヴ(クレフ)では個別にビリー・ホリデイ全集があり、そこでは『Complete Masters 1933-59』には収められなかった別テイクや没テイクも収められています。別テイクや没テイクを加えると全録音曲はほぼ500曲になります。ビリーさんは初期(コロンビア)・中期(コモドア、デッカ)・後期(ヴァーヴ)の全部の時期がいいですが、親しみやすい選曲とアレンジでお薦めできるアルバムは、ヴァーヴ(クレフ)移籍から1952年の最初の2枚の10インチLPをカップリングした『Solitude』(Verve, 1956)40代になってビリー自選の代表曲を新アレンジで再録音した『Lady Sings the Blues』(Verve, 1956)、最晩年にコロンビアに一時戻ってシナトラ曲集に挑戦した『Lady in Satin』(Columbia, 1958)あたりでしょうか。ビリーさんは1949年に丸1年を服役して過ごし、30代後半からはカムバックの意欲とヴォーカルの衰えと常に戦いながらキャリアを過ごすことになるので、20代~30代前半が絶頂期なのですが(コロンビア、コモドア、デッカ)、当時はシングル単位の録音のため、1930年代~1940年代録音の曲はコロンビア、コモドア、デッカからのベスト盤か、各社からの全集、または完全版全集『Complete Masters 1933-59』の方が全録音曲をまとまって聴けます。それでも『Solitude』から始まる30代後半からのアルバムはいずれも力作で、バックバンドの演奏ともどもようやく時代がビリーさんの先進性に追いついた充実したアルバムを年1作ペースで制作し、ライヴァルのシナトラのレパートリーに的を絞って、シナトラの得意としていたオーケストラとの共演アルバム『Lady in Satin』はビリー畢生の壮絶な作品になりました。
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Billie Holiday - Solitude (Clef/Verve,, 1956) : https://youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_k1rTXudTOWSSLjBzqOfElk4giDVeS70Ds
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Billie Holiday - Lady Sings the Blues (Clef/Verve, 1956) : https://youtube.com/playlist?list=PLL-NbN8uTOijOnUzOLDp8hiwSH9xTR8ex
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Billie Holiday - Lady in Satin (Columbia, 1958) : https://youtube.com/playlist?list=PLowQCq3Ss89gDUf-tVxYV7g94WL0raY8M

 また、ビリーさんにはコンサートからのラジオ中継・テレビ出演の放送用録音を集めたアルバムもあり、アルバム単位でも出ていますが、こちらは12枚組CDボックス『PERFECT COMPLETE COLLECTION BOX』(Sound Hills, 1993/2016)にまとめられています。ボックスにも収録されていますが、1951年・1953年のラジオ中継用ライヴを収めた『At Storyville』と1954年のヨーロッパ公演からの『Lady Love (Billie's Blues)』、1958年の第1回ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルの出演を収録した『At Monterey』はバックがすでにモダン・ジャズ世代の若手ジャズマンなのですっきり聴け、ビリー自身はコンディションにムラが目立ってきた時期のライヴなのですが、ライヴ録音で観客を前にしたビリーの歌唱が聴けるライヴとしてスタジオ盤以上に活き活きとしたビリーの歌唱が聴ける、人気の高いアルバムになっています。また『Billie Holiday At Newport』はビリー最晩年の、エラ・フィッツジェラルドとのスプリット・アルバムで、ビリー最低のヴォーカル・パフォーマンスで悪名高いアルバムですが、それでも十分に感動的なので、2019年にリリースされたヴァーヴ(クレフ)時代のアルバム12枚をカップリング収録したReel To Reelレコーズの6枚組廉価版CD『Twelve Classic Albums』も晩年8年のビリーの録音集成としてお薦めできるコンピレーション盤です。
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Billie Holiday At Storyville (Black Lion, 1976) : https://youtu.be/yAha_-CIo8U
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Billie Holiday - Ladylove (United Artists, 1962)
Billie Holiday - Billie's Blues (aka "Ladylove", Blue Note, 1988) : https://youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_l0L3Sx3pG4nPQ-x2ADpZzbjHtVfOgrdls
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Billie Holiday At Monterey 1958 (Black Hawk, 1986) : https://youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_nGkLlfRW6QWpg44N4ZuidGwM0h76ulT7I
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Billie Holiday - Twelve Classic Albums (Reel To Reel, 2019)

 ビリーは人生の辛酸から苦楽までを知りつくした女性でした。娼館経営の母から生まれ、少女時代には街娼経験もあり、ハリウッド映画の主演もし、名声の絶頂にも立てば、買春から投獄まで、最晩年(まだ44歳!)にはステージに立つこともやっとで、元カウント・ベイシー楽団の盟友レスター・ヤング(1909-1959)が3月に逝去した時には体調悪化を押して参列するも、葬送歌を歌おうとして白人のレスター未亡人に断られて泣く泣く帰ってきたと証言されています。レスターの没後4か月の7月に入院・逝去するも資産も社会的地位も保証人もない貧乏黒人患者として危篤寸前まで廊下に放置され、亡くなった時の資産は預金残高70セント、遺体検死でストッキングに750ドルを結わえつけてあったのがわかったという人です。黒人女性ジャズ歌手ということで誤解がありますが、シナトラと同じくビリーはブルース歌手ではなくバラード歌手で、ブルースのレパートリーは全録音のうち即興曲の数曲しかありません。またビリーの歌は孤独な女性像(「The Man I Love」「Lover Man」、そして「Good morning Heartache」)を歌ったものばかりでしたが、絶望のどん底から常に希望を湛えた、抱擁力に満ちた暖かみのある歌声を届けてくれるものでした。それがシナトラの楽観性や社会的野心とは違う、もっと抑圧され悲しみを知る人々に届いたのです。ジャズ・ヴォーカルの悲劇のヒロイン、才こそあれ破滅型女性の典型のようなイメージを取り払って、純粋に最後まで生きる喜びに満ちていたビリーの歌声をお聴きください。そしてビリーの後継者は、チャーリー・パーカーバド・パウエルエリック・ドルフィーら真に革新的なジャズマンにのみ現れたのです。