人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ボブ・ディラン「おれはさびしくなるよ」(Columbia, 1974)

ボブ・ディラン - おれはさびしくなるよ (Columbia, 1974)

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ボブ・ディラン Bob Dylan - おれはさびしくなるよ You're Gonna Make Me Lonesome When You Go (Columbia, 1975) : https://youtu.be/Claf8E18eLs - 2:58
From the Album "Blood On The Tracks", Columbia Records, January 1975
Bob Dylan - vocal, acoustic guitar, harmonica

 ボブ・ディラン(1941-)には普段あまり話題に上がりませんが、ふと思い出すと胸に迫る佳曲がいくつもあります。「おれはさびしくなるよ」"You're Gonna Make Me Lonesome When You Go"(アルバム『血の轍』'Blood On The Tracks'1974収録)もそのひとつで、スタジオ・アルバム15作目に当たる『血の轍』(全米1位・全英4位)はディラン1970年代のアルバムでも屈指の名作(ローリング・ストーン誌2012年選出の「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」では16位)と定評がありますが、数々の名曲に紛れてこの曲はアナログLPではA面の最後、ギターとハーモニカの弾き語りだけの簡素なアレンジで、8分~9分近い曲も含むこのアルバムではもっとも短い曲です。

 『血の轍』はディラン自身の離婚体験を歌った私小説的アルバムと言われますが、本人はそうした見方に難色を示しています。ただ、アルバム収録曲の多くが別れや離別した相手を回想した歌詞なのは確かなので、この曲もこんな歌い出しで始まります。「おれは愛(恋人)が扉から出て行くのを見ていた……」'I've seen love go by my door...'。そして別れた恋人との愛の思い出が歌われるのですが、感傷的でなく情感が広く豊かで、別れた恋人へ暖かな想いすら寄せているのが、ラヴ・ソングでも社会批判曲のように痛烈で攻撃的だった20代半ばの作風からの変化・成熟と、共感力の広がりを感じさせます。

 イギリスのシンガー・ソングライター、ベン・ワット(1962-)はのちに大学の同級生だった女性シンガー・ソングライター、トレイシー・ソーン(1962-)とのデュオ、エヴリシング・バット・ザ・ガールで大きな成功を収めますが、トレイシーともどもデュオ結成直前にギター弾き語りの初々しいソロ・アルバムでデビューしており、全9曲中8曲のオリジナル曲にアルバム最終曲にこのディランの曲を深いリヴァーブをかけたエレクトリック・ギターの弾き語りでボサ・ノヴァ風にカヴァーしています。これが弱冠20歳とは思えない、原曲の心髄をとらえて自家薬籠中にしてすっかりワットの自作曲のようになっており、ディランのオリジナル・ヴァージョンと並べても遜色ない出来です。

 この曲の歌詞はポール・ヴェルレーヌ(1844-1996)とアルチュール・ランボー(1854-1991)への言及があり、早熟な詩人ランボーは16歳の頃から10歳年上の先輩詩人ヴェルレーヌの庇護を受けていましたが、妻帯者のヴェルレーヌは夫人と不仲になるほどランボーに同性愛的独占欲を抱くようになり、18歳のランボーヴェルレーヌから離れようとした際に泥酔してランボーを銃撃し入獄します。ランボーヴェルレーヌの服役中に自費出版の詩集を2冊まとめ、20歳にもならず筆を折って危険な中近東の武器貿易商人になり37歳の病没まで一切文学に戻らず、ヴェルレーヌは生涯をパリの遊蕩詩人として頽廃生活を送りましたが、そうした同性愛のしがらみや創作への断念、頽廃生活への含みがあるとも読める歌詞です。ディランはそこまでの意味は込めてはおらず「Mine have been like Verlaine's and Rimbaud」と音感の語呂の良さから突然ヴェルレーヌランボーを、あくまで若かった頃の自分のボヘミアン生活の比喩に持ってきただけだと思いますが、ベン・ワットの青く中性的な声で優しく歌われると、この曲は若い男女の恋の破局であるとともに男女の恋愛にも同性愛的側面が重なって響き、そうしたニュアンスの微妙さにも歌の表現の不思議を感じさせられます。なおくり返しのない全七節(サビ2節)の長い歌詞で直喩と暗喩も多い原文ですが、内容を鑑みて極力直訳を試みました。
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ベン・ワット Ben Watt - おれはさびしくなるよ You're Gonna Make Me Lonesome When You Go (Cherry Red, 1983) : https://youtu.be/EwEeMrxEU2w - 3:48
From the Album "North Marine Drive", Cherry Red Records, February 1983
Ben Watt - vocal, elctric guitar

You're Gonna Make Me Lonesome When You Go

I've seen love go by my door
It's never been this close before
Never been so easy or so slow
Been shootin' in the dark too long
If something's not right it's wrong
You're gonna make me lonesome when you go

Dragon clouds so high above
I've only known careless love
It always has hit me from below
But this time it's more correct
Right on target so direct
You're gonna make me lonesome when you go

Purple clover Queen Anne lace
Crimson hair across your face
You can make me cry if you don't know
Can't remember what I was thinking of
You might be spoiling me too much love
You're gonna make me lonesome when you go


Flowers on the hillside blooming crazy
Crickets talking back and forth in rhyme
Blue river running slow and lazy
I could spend forever with you and never realise the time

Situations have ended sad
Relationships have all been bad
Mine have been like Verlaine's and Rimbaud
But there's no way I can compare
All them scenes to this affair
You're gonna make me lonesome when you go


You're gonna make me wonder what I'm doing
Staying far behind without you
You're gonna make me wonder what I'm saying
You're gonna make me give myself a good talking to

I'll look for you in old Honolula
San Francisco, Ashtabula
You're gonna have to leave me now I know
But I'll see you in the sky above
In the tall grass in the ones I love
You're gonna make me lonesome when you go

おれはさびしくなるよ

愛がドアから出て行くのを見ていた
こんなに身近に感じたことはない
こんなに簡単なのに長く感じたことはない
暗がりで時間を無駄にしてきた
正しくなければ間違いつづきだった
きみが出ていけばおれはさびしくなるよ

空高く竜巻雲がひろがる
いつも下からどやされるような
軽率な愛しか知らなかったおれ
だがこんどはもっと正確に
的に突き刺さってきたようだ
きみが出ていけばおれはさびしくなるよ

きみの顔にかかる紫のクローバー
アン王女式のレース、深紅の髪
きみが知らないならおれは泣く
おれはなにを考えていたんだろう
きみの多すぎた愛がおれを甘やかしたのか
きみが出ていけばおれはさびしくなるよ

丘には花々は咲き乱れ
こおろぎは歌で語りあう
青い川は気だるく流れている
きみとなら時間も知らずいつまでもいられたはずなのに

状況は悲惨に終り関係も悪化の一途
おれの過去はまるでヴェルレーヌランボーだった
だが今度はそれとは
まるで比較しようもない
きみが出ていけばおれはさびしくなるよ

きみに置き去りにされたらいったい
おれはどうするんだろう
おれはいったいなにをしゃべるんだろう
ひとり言だけうまくなったとしても

ホノルル、サンフランシスコ、アシュタビュラに
きみを探しに行くだろう
きみがおれから離れていくのは知っている
おれはきみを空高くに見るだろう
深い芝生や愛する人たちのなかで
きみが出ていけばおれはさびしくなるよ

(旧稿を改題・手直ししました)