人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ Thelonious Monk and Sonny Rollins (Prestige, 1956)

セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ (Prestige, 1956)

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セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ Thelonious Monk and Sonny Rollins (Prestige, 1956) Full Album : https://youtu.be/UsyzipWdRhI
Recorded at WOR Studios, New York City, November 13, 1953 (B2), at The Van Gelder Studio, Hackensack, NJ, September 22, 1954 (A3, B1), and October 25, 1954 (A1, A2)
Released by Prestige Records Prestige 7075, 1956
All compositions by Thelonious Monk except as indicated.

(Side A)

A1. The Way You Look Tonight (Dorothy Fields, Jerome Kern) - 5:13
A2. I Want to Be Happy (Irving Caesar, Vincent Youmans) - 7:43
A3. Work - 5:18

(Side B)

B1. Nutty - 5:16
B2. Friday the 13th - 10:32

[ Personnel ]

Thelonious Monk - piano
Sonny Rollins - tenor saxophone on B2, A1, A2
Julius Watkins - french horn on B2
Percy Heath - bass on B2, A3, B1
Tommy Potter - bass on A1, A2
Art Taylor - drums on A1, A2
Art Blakey - drums on A3, B1
Willie Jones - drums on B2

(Original Prestige "Thelounius Monk and Sonny Rollins" LP Liner Cover & Side A Label)

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 このアルバムはたまに聴き返すたびに驚きと喜びを与えてくれる逸品です。最近ブログで取り上げたマイルス・デイヴィスの『Bags' Groove』(セロニアス・モンクソニー・ロリンズ参加)や『Workin'』(ジョン・コルトレーン参加)、モンクの『Thelonious Monk Trio』『Brilliant Corners』や『Thelounius Monk with John Coltrane』(ジョン・コルトレーン参加)、ウォルター・ビショップJr.『Speak Low』(チャーリー・パーカー、マイルス関連ピアニスト)、ソニー・ロリンズ『The Bridge』などをたどってきて、これらはいずれも定評ある名盤ばかりですが(サイケならドアーズにデッド、プログレならクリムゾンにジェネシスくらいの定番ですが)、3セッションからの中途半端な寄せ集めという成立事情からも何となく話題にならないこの『セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ(Thelounius Monk and Sonny Rollins)』は、やはり寄せ集めながらコルトレーン参加のカルテット録音が半数を占めることで天下の歴史的名盤扱いされている『セロニアス・モンク・ウィズ・ジョン・コルトレーン(Thelounius Monk with John Coltrane)』など問題にならないくらい痛快な、実にのびやかで楽しいアルバムです。本作のロリンズはマイルスとのセッションとは別人のように軽やかに吹いています。マイルス作品への参加やコルトレーンの参加作ではどこかキリッとしているモンクもロリンズとの共演やピアノ・トリオでは勢い一発でご機嫌に弾いています。どちらがジャズとして上等か、もちれんどちらも上等なのですが、本気で力作を作るのと力半分で快作を作るのはどちらもアーティストの懐深さ次第でしょう。プレスティッジ在籍時のモンクはろくな待遇を受けていませんでした。それでいて音楽には微塵の悲壮感もありません。モンクは自分の音楽に絶対の自信があり、ジャズクラブの出演許可証を謹慎処分で没収されてライヴもできず、プレスティッジでは1952年~1954年の3年間に6セッションしか録音に起用されなくても創造力に満ちていました。音楽には否が応でもアーティストの精神性が反映しますが、悪条件の下でモンクがいかに高い精神性を維持していたかをモンクのプレスティッジ時代のアルバムは証明しています。

 ただし本作の収録曲の来歴は3セッションに分かれているからややこしいことになります。1953年11月13日のWORスタジオ・セッションでは「Friday the 13th」に先立って「Think of One」(take1)、「Let's Call This」、「Think of One」(take2)が録音されています(いずれも12インチLPでは『Thelounius Monk Quintet/Monk』に収録)。また1954年9月22日のヴァン・ゲルダー・スタジオでのピアノ・トリオ・セッションでは「Nutty」「Just a Gigoro (unaccompanied solo piano)」「Work」「Blue Monk」が録音され、「Just a Gigoro」と「Blue Monk」は12インチLPでは『Thelounius Monk Trio』収録になりました。さらにロリンズのワンホーンでの1954年10月25日のヴァン・ゲルダー・スタジオ・セッションはスタンダード曲ばかり3曲が録音されましたが、「I Want To Be Happy」「The Way You Look Tonight」「More Than You Know」のうち「More Than You Know」はエルモ・ホープがピアニストのセッションのソニー・ロリンズのアルバム『Moving Out』に組み込まれています。なんでこんなことになったかというと、モンクがプレスティッジに在籍していた1952年~1954年はまだ10インチLPが主流の時代で、収録時間はAB各面10分~せいぜい12分でした。1955年に12インチLPが開発されて翌年には12インチLPの方が主流になり、A面B面各面16分~24分とほぼ10インチLP2枚分の収録が可能になりましたが、長時間収録の10インチLPの場合1、2曲をカットして他のアルバムと合わせなければならなかったのです。モンクとソニー・ロリンズの共演曲を軸にした編集で10インチLPから12LPに再編する時、53年のクインテット・セッションの残り「Friday the 13th」はまだしも、ロリンズのワンホーン・カルテット録音から「More Than You Know」をロリンズ名義のアルバムに入れたのは、12インチLPにするには曲が足りない『Moving Out』に増補して再発するためでした。『セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ』には強力な「I Want To Be Happy」「The Way You Look Tonight」の2曲が入っているから1曲くらい外してもいいだろう、ということだったのでしょう。しかし本作にはロリンズの参加していないピアノ・トリオ録音「Work」と「Nutty」まで入っています。これもどちらも強力な初演オリジナル曲ですが、12インチLP『Thelounius Monk Trio』と『Thelounius Monk Quintet/Monk』に入りきらなかった余り曲にロリンズのワンホーン曲2曲を加えて一丁上がり、しかもアルバム・タイトルが半分ハッタリの『セロニアス・モンク・アンド・ソニー・ロリンズ』では適当な没テイク集みたいに思われても仕方ありません。だからと言って他に良いタイトルがあるかというと、すでに一枚看板を張る両者の共演アルバムとして売り出すのがプレスティッジのちゃっかりしたところです。

 セッション順に見るとまずクインテットによる「Friday the 13th」ですが、たまたま録音日が13日の金曜日だったからタイトルにしたそうです。これが1953年の発想というのがとんでもない、サラッと聴くとユーモラスなリフ・チューンですが、この曲は調性と拍節はあってもコード進行は存在せず、リズム・パターンも強制的なものではないので、爆発的に演奏して意図的に調性から外れたアプローチをとればそのままフリー・ジャズになるような曲です。モンクの新曲のリハーサル段階でベーシストのウィルバー・ウェアが「こんな曲でベース・ラインが弾けるか!」と怒って帰ってしまったというのはリヴァーサイド・レコーズ時代のエピソードですが、この曲のパーシー・ヒースはごく無理なく自然に乗りの良いラインを弾いているのも大したものです。モンクとフリー・ジャズの関係は、モンクがフリー・ジャズの先駆者だったというよりも単にモンクはモンクの音楽をやっていただけで、むしろフリー・ジャズのミュージシャンたちはモンクの音楽から学んで新しいスタイルを作りだすことになりました。'60年代にはフリー・ジャズのミュージシャンがモンクの曲を最低1曲はカヴァーするのがマナーになっていましたが、モンク自身はフリー・ジャズには無関心で、ソニー・ロリンズフリー・ジャズの新鋭たちと共演してフリー・ジャズのアルバムを作ったようには逆影響を受けることはありませんでした。そのロリンズですが、本作ではセッション順では最後になるモンクとロリンズとのカルテット録音は本来Wリーダー・セッションだったらしく、スタンダード曲の選曲はロリンズが選曲してモンクにOKを取ったものでしょう。ここでの選曲はチャーリー・パーカーソニー・スティットらビ・バップの先輩サックス奏者が好んだものばかりで、モンクの選曲とは思えません。1954年10月録音といえばパーカーの悲惨な遺作『Plays Cole Porter』の追加録音前で、ほぼ半年後にはパーカーは心臓発作で急死してしまうと考えると、ここで聴けるロリンズ&モンク・カルテットの演奏はまったくハード・バップ的ではないビ・バップらしい伸びやかなものですが、良かれ悪しかれパーカー時代のビ・バップ特有の緊張感がここでのロリンズには稀薄で、肩の力の抜けた、大らかなビ・バップになっています。これでもしピアノが狂騒的なスウィング感あふれるバド・パウエルだったらロリンズもバドに合わせた吹奏を披露したでしょうが、モンクのいつになく朴訥な味が若いロリンズ(当時24歳!)と上手く噛みあった好演になっています。その点ではA1・A2はモンクらしさのあまり感じられない、ロリンズを立てた出来のトラックという贅沢な不満もなくはありません。翌1955年はロリンズ消息不明の年で、1956年に復帰したロリンズは当代一の豪放なスタイルに成長していましたから、この1954年10月のセッションのような軽やかなスタイルはロリンズのキャリアではごく短期間にしか聴けないものです。

 問題はピアノ・トリオの「Work」「Nutty」の2曲で、「Nutty」は明快なAA'BA'=32小節形式でキャッチーな楽曲ながらこのテーマはホーン入りの編成の方が冴える印象を与えます。さらに「Work」となると、ジャズの演奏経験がないリスナーには一聴して小節構成を判別できない人も多いのではないでしょうか。これは調性と小節構成だけは逸脱しなかったモンクにあっては唯一と言ってよい無調性楽曲に接近しています。小節構成はAA'BCAA'=48小節ですがABCいずれも8小節中に転調を含み、さらにAとB、BとC、CとAで同一音型が転調して反復されるため調性音楽なのにトーナリティーが確定できなくなり、拍節感すら見失ってしまうため実質的に無調で2拍単位でしか把握できない聴覚感になっており、これほど過激なアイディアは録音されたモンクの全オリジナル曲を思い浮かべても他に類例の見当たらない楽曲です。モンクと同世代のバップ・ピアニストでは完全な無調性ジャズにまで進んだのはイタリア系白人のレニー・トリスターノくらいですが、トリスターノの場合はセンター・トーナルを設定した上で無調のアンサンブルを行う手法であり、トーナル上のセンターすら外した「Work」ほど過激ではありません。モンクにとってこの演奏は過程にせよいったんは完成型と考えていたのか、あくまで試作程度の実験的演奏だったのかはわかりません。ベースはパーシー・ヒース、ドラムスはアート・ブレイキーですが、「Work」ではヒースもブレイキーも何とかモンクにつけているものの、およそピアノ・トリオの体をなしていないぎりぎりの演奏です。同日のセッションからは「Blue Monk」とソロ・ピアノの「Just a Gigoro」が同時に録られ、その2曲は52年のピアノ・トリオ録音とともに『Thelounius Monk Trio』に収録されましたが、「Blue Monk」と「Just a Gigoro」は破綻のない文句なしの名演でした。「Work」については前述の通りですが、「Nutty」が本当にモンクの意図通りに完成したのは1957年のジョン・コルトレーン入りカルテットの時点で、1958年のジョニー・グリフィン入りカルテットのヴァージョンが決定版でしょう。この曲のテーマは応答形式をとっていて、ピアノ・トリオだけでは荒っぽくデモ・テープ段階の演奏に聴こえるのです。実際ブレイキーのドラムスがテンポを維持できず所々で走っています。それはピアノ・トリオではピアノだけで応答形式をテーマを弾いていたからのリズム・アクセントの混乱なので、テナー入りカルテットによるアレンジでようやく応答形式のテーマがすっきりと提示できたのです。ジョニー・グリフィン入りカルテットのヴァージョン(アルバム『Misterioso』1958収録)はライヴ・アルバムのオープナーになっただけあり、モンクのワンホーン・カルテット演奏中の白眉になっています。その名演を生んだ原曲の初演としてこのピアノ・トリオ・ヴァージョンはあまりにボロボロで実に楽しめます。いったい褒めているのか貶しているのかわからないような言い方ですが、このアルバムのモンクは不遇をかこっていた時代ながら、本当にこの時期ならではの、溢れるばかりのアイディアに満ちた、失敗を辞さない飾り気のない音楽を聴かせてくれます。統一感のない寄せ集めのアルバムで完成度は『セロニアス・モンク・トリオ』やのちの『ブリリアント・コーナーズ』には遠くおよばないものですが、それだけに聴き返すたびに発見があるのがプレスティッジの適当なアルバム編集だからこそと思うと皮肉な気もします。

(旧稿を改題・手直ししました)