フラワー・トラベリン・バンド - エニウェア (フィリップス, 1970)
フラワー・トラベリン・バンド Flower Travellin' Band - エニウェア Anywhere (フィリップス, 1970) Full Album : https://youtu.be/ahxIUdM-eCI
Recorded at 日本ビクター・スタジオ, 1970
Released by 日本フォノグラム/フィリップス・レコード FX-8507, October 21, 1970
Produced by 内田裕也、渡辺忠敬
(Side 1)
A1. エニウェア Anywhere - 0:52
A2. ルイジアナ・ブルース Louisiana Blues (Muddy Warters) - 15:49
A3. ブラック・サバス Black Sabbath (Black Sabbath) - 8:53
(Side 2)
B1. 朝日のあたる家 House of the Rising Sun - 7:41
B2. 21世紀の狂った男 21st Century Schizoid Man (King Crimson) - 13:25
B3. エニウェア Anywhere - 0:57
[ フラワー・トラベリン・バンド Flower Travellin' Band]
ジョー - vocals, harmonica
石間ヒデキ - guitar
上月ジュン - bass guitar
和田ジョージ - drums
*
(Original Philips "Anywhere" LP Front Cover with Obi, Gatefold Front Cover, Gatefold Inner Cover & Side 2 Label)
内田裕也プロデュースのフラワー・トラベリン・バンドは内田裕也&フラワーズを前身とし、内田裕也&フラワーズ時代にはシングル2枚(「ラスト・チャンス b/w フラワー・ボーイ」日本コロムビア1968年1月、「ファンタジック・ガール b/w 夜霧のトランペット」日本コロムビア1969年11月)と、唯一のスタジオ録音のフルアルバム『チャレンジ!』(日本コロムビア1969年7月)に一柳慧(小野洋子の前夫の現代音楽家)による企画アルバム(2枚組LP)『オペラ横尾忠則を唄う』(ミュージカラー1970年3月)にB面全曲とC面の1曲、内田裕也主催による1970年1月26日の東京ヤング・メイツでの公開ライヴ録音による2枚組LP『ロックンロール・ジャム'70』(東芝エキスプレス1970年4月)のアルバムD面5曲のライヴ(A面モップス、B面ハプニングス・フォー、C面ゴールデン・カップス)をリリースしました。末期フラワーズはすでに新旧フラワーのメンバーが同居していた状態だったので、新メンバー4人を選抜しフラワー・トラベリン・バンドと改名・バンド・イメージを一新してのフラワー・トラベリン・バンドとして再デビューします。フラワーズ解散と同時に日野皓正クインテットとの共演シングル「クラッシュ b/w ドゥープ」(1970年3月)が発売されますがまだ共演企画にとどまり、本格的なフラワー・トラベリン・バンドの出発はファースト・アルバム『エニウェア』(1970年10月)と目していいでしょう。フラワーは次作からはワーナー・レコード傘下のアトランティックに移籍し、1970年に万国博覧会で共演したカナダのバンド、ライトハウスに見いだされ、カナダに渡って『SATORI』(アトランティック1971年4月)、『メイド・イン・ジャパン』(ワーナー1972年9月)をリリースし2年間をカナダで活動しますが、帰国後スタジオ録音の新作制作が難航し、経済状態も悪化していたことから、1972年9月の野外コンサートでのライヴ収録が半々となった2枚組LP『Make Up』(1973年3月)の発表と同時に解散しました。21世紀に国際的な本格的再評価を受けたフラワー・トラベリン・バンドは2008年にはオリジナル・メンバーによる全曲新曲の力作『We Are Here』(ポニーキャニオン2008年9月)を発表し日本国内の野外フェスティバルばかりか欧米ツアーも行い大好評を博しましたが、2011年8月のジョー山中の逝去により正式な解散声明は宣言しないまま活動は休止しています。
フラワー・トラベリン・バンドはロカビリー時代(1959年デビュー)から長いロッカー歴を持つ内田裕也(1939-2019)が裏方のプロデューサーに回り、私財をはたいてパトロンについた、内田裕也にとっての夢の結晶のバンドでした。音楽的自主性は内田自身が実力ルックスともに最高と選抜した4人のメンバーに任せていましたが、英語詞のコンテンポラリー・ハード・ロック路線やジャケット・アート(本作も内田のアイディアで篠山紀信撮影)やアルバム・タイトル、コンセプトは内田がバンドに要求したものでした。男女ヴォーカリストをフロントに据えたフラワーズではジェファーソン・エアプレインを規範にしてエアプレインやジャニス・ジョプリン、クリームやジミ・ヘンドリックスのカヴァーをやっていましたが、ヴォーカルにジョー山中(本作ではジョー)、ギターに石間秀樹(本作ではヒデキ)を得て内田裕也が目指したのは、レッド・ツェッペリンやブラック・サバスをよりハードに、よりサイケに解釈したヘヴィ・ロックでした。バンドのオリジナル曲はジョーのヴォーカルとブルース・ハープだけの1分にも満たないオープニングとクロージングの「エニウェア」だけですが、マディ・ウォーターズの古典ブルースをブルース・プロジェクトのカヴァー(1966年)経由でスペーシーなギターによってサイケデリック・ハードロックに解釈した「ルイジアナ・ブルース」、まだ日本盤未発売だったブラック・サバスのデビュー作(本国1970年2月発売)とキング・クリムゾンのデビュー作(本国発売1969年10月)の各々オープニング曲をオリジナルよりさらにヘヴィ・ロック化した「ブラック・サバス」「21世紀の狂った男」、アニマルズ1964年の全英・全米No.1ヒットのトラディショナル曲をサイケデリックなアシッド・フォーク調にカヴァーしツェッペリンの「天国への階段(Stairway To Heaven)」(『IV』1971年11月)のアレンジを先取りした「朝日のあたる家」など、21世紀の現在だからこそようやく真価の伝わってくるアルバムです。発売同時は「演奏力は確かだが、単なるカヴァー・アルバムでGSの延長ではないか」とほとんど評価されず、ジョー山中と石間秀樹が参加した『クニ河内とかれのともだち/切狂言』(1970年12月発売)の方がはるかに高く評価され、フラワー自体は全5曲オリジナルの次作『SATORI』でオリジナリティを獲得したというのが定評ですが、比類ない完成度を誇る『SATORI』をフラワーの最高傑作とするのは異論はないとしても、フラワーの'70年代作品全4作はどれも日本のロック必聴の古典ですから、全裸ハーレーのジャケット(実は写真は裏焼きで、よく見ると車体に「HONDA」の裏文字があります。また帯ではバンド名が「フラワー・トラベリング・バンド」となっているのも愛嬌です)が強烈で、アルバム内容もクリアで立体的な臨場感あふれる録音(ヴォーカル、ギターのみならずベース、ドラムスも素晴らしいサウンドです)も、カヴァー・アルバムどころではない殺気を放つ本作からフラワーに入っても期待は裏切られません。フラワーの4作を長年聴いていると案外『SATORI』と同等以上に聴き返すことも多い、カヴァーばかりのデビュー作だからこそ飽きのこない新鮮な魅力もあります。本作の録音データは詳しく残っていないようですが、『SATORI』は録音1日・ミキシング1日のたった2日で録音されたと判明しており、1970年10月21日発売の本作もおそらく8月下旬~9月上旬に短期間で制作されたと推定されます。ジミ・ヘンドリックスの逝去が9月中旬、ジャニス・ジョプリンの逝去が10月上旬、本作の時点でツェッペリンの最新作は『II』(1969年8月、『III』発売は1970年11月)、サバスの最新作は『パラノイド(Paranoid)』(1970年9月)、ディープ・パープルの最新作は『イン・ロック』(1970年6月)です。本作のジャケットを日本のロック研究書『ジャップロックサンプラー(Japprocksampler)』2007の表紙にし、日本のロック・ベスト50の28位(『SATORI』1位・『メイド・イン・ジャパン』18位・『切狂言』25位)にしたジュリアン・コープの評を引いておきましょう。
28=フラワー・トラベリン・バンド
『エニウェア』(フィリップス、1970年)
このフラワーのデビュー作を単なるカヴァー集として退ける連中は、単にこのアルバムについて聞いているだけで、実際には聞いたことがないに違いない。なぜならその音溝に含まれた楽曲は、どれも怪物並みにチューンナップされ、オリジナルのオンボロ車よりも、まる1メートル車高を低くしてスタートしているからだ。いわばフォードがフェラーリに化けるようなものだろう。まず第一に、フラワー・トラベリン・バンドは「ブラック・サバス」という曲をカヴァーなどしていない。代わりに彼らはそのタイヤの空気を抜いて、耕された畑を縦横に走りまわる。彼らはこの曲であらゆるブリティッシュ・バンドもなし得なかったことをやってのける。4/4拍子のリズムをアンビエントなメタルの猛攻に転換させ、ジョーは気が向いた時にだけ、そこに歌詞をかぶせて歌うのだ。またフラワー版「21世紀の精神異常者」は原曲のいやったらしいサックスの装飾音や、小うるさいジャズのスネア・ドラムをすべて取っぱらい、あのリフが常に求めていた、本物のパワー・トリオ・スタイルに徹しきる。この調子ならイエスのプロト・メタル的な大作「燃える朝焼け」ですらトロッグスの「フィールズ・ライク・ア・ウーマン」に変えてしまえるのではないかと思えてくるほどだ。そしてもしあなたが「朝日のあたる家」のようなスタンダードにフラワーがアプローチするなんてとお考えなら、心を開いてこのプロト「天国への階段」的な、一生に一度のショックを受け入れてほしい。というのもフラワーはおなじみのコードを取り去り、すると見よ、アレンジはコズミックな階段を、数限りなく駆けのぼっていったのである。曲が終わるころには「朝日のあたる家」は「朝日ののぼる国」に取って代わられ、ジョーの喪失感がわれわれみんなを赤ん坊のように泣かせてしまう。ついでに唯一のオリジナル「ルイジアナ・ブルース」はダッジ・チャージャーによる16分近いハイウェイ爆走だ。素晴らしい。