人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

エリック・ドルフィー・ウィズ・ブッカー・リトル Eric Dolphy with Booker Little - ファー・クライ Far Cry (New Jazz, 1962)

エリック・ドルフィー - ファー・クライ (New Jazz, 1962)

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エリック・ドルフィー・ウィズ・ブッカー・リトル Eric Dolphy with Booker Little - ファー・クライ Far Cry (New Jazz, 1962) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLUJ7V33M1wR0wB1avuhNHtapsce0-l8bp
Recorded at The Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ, 21 December 1960,
Released by Prestige Records New Jazz NJ 8270, 1962

(Side A)

A1. Mrs. Parker of K.C. (Bird's Mother) (Jaki Byard) - 8:03
A2. Ode to Charlie Parker (Byard) - 8:42
A3. Far Cry (aka. Out There) (Eric Dolphy) - 3:55

(Side B)

B1. Miss Ann (Dolphy) - 4:17
B2. Left Alone (Billie Holiday, Mal Waldron) - 6:41
B3. Tenderly (Walter Gross, Jack Lawrence) - 4:20
B4. It's Magic (Jule Styne, Sammy Cahn) - 5:40

(CD reissues bonus track)

8. Serene (Dolphy) - 6:37

[ Eric Dolphy Quintet ]

Eric Dolphy - bass clarinet on "Mrs. Parker of K.C.," "It's Magic," and "Serene"; flute on "Ode to Charlie Parker" and "Left Alone"; alto sax all other tracks
Booker Little - trumpet (except B2, B3, B4)
Jaki Byard - piano (except B3)
Ron Carter - bass (except B3)
Roy Haynes - drums (except B3)

(Original New Jazz "Far Cry" LP Liner Cover & Side A Label)

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 エリック・ドルフィーを初めて聴く、できれば素直にムードのあるジャズをという人には名高いライヴ盤『アット・ファイブ・スポット』、遺作ライヴの『ラスト・デイト』もいいですが、よりリラックスして聴けるスタジオ盤ならこの『ファー・クライ』がお薦めできます。見かけはオーソドックスとはいえドルフィーのアルバムですからあちこちに斬新な試みがありますが、スタジオ盤三部作の前2作『アウトワード・バウンド(惑星)』『アウト・ゼア』に較べて飛躍的に説得力が向上しており、アヴァンギャルド・ジャズのミュージシャンとしてのドルフィーを予想しているとあまりに心地よいポスト・バップ・アルバムなので抵抗感なく聴けるばかりか、このアルバムで慣れれば他のドルフィーのアルバムもすんなり入れるようになります。前2作も高い水準を楽々クリアしたアルバムでしたが、『アウトワード・バウンド』は楽器単位のヴァリエーション、『アウト・ゼア』はトータルな実験性で印象に残るものでした。『ファー・クライ』は前2作の長所がすべて生かされています。トータルなムードの統一もあるし、1曲ごとの出来映えも前2作のどれよりも優れています。またオリジナル曲とスタンダード曲の比重も良く、チャールズ・ミンガスオーネット・コールマンほどオリジナル曲の作風が広くないドルフィーのような個性的すぎるマルチ木管奏者の場合は本作くらい選曲に幅のある方が実力が発揮できるのを示しています。

 スタジオ盤三部作のドラムスはすべてロイ・ヘインズで、今回ベースには前作ではチェロだったロン・カーターが回っています。ピアノは『アウトワード・バウンド』と同じ歩くジャズ・ピアノの歴史ことジャッキー・バイヤードで、リズム・セクションがこのトリオなら悪くなりようがありません。そしてトランペットはマックス・ローチクインテットの天才少年ブッカー・リトル(1938-1961)が初めてドルフィーと顔合わせします。リトルとドルフィーは1961年10月5日のリトルの急逝までローチやコルトレーン作品でも共演し、リトルの傑作『アウト・フロント』にもドルフィーは貢献しますが、最大の成果は1961年7月にクラブ出演の2週間だけ活動したエリック・ドルフィーブッカー・リトルクインテットでした。しかしそこで聴かれるリトルのプレイはドルフィーからの影響を強く受けた八方破れなもので、本来のリトルの持ち味は『ファー・クライ』で聴ける端正で淀みなく、豊かな旋律を歌い上げるスタイルにあります。その点でも『ファー・クライ』は正統的なビ・バップを後継するアルバムとして、最高傑作のひとつと高い評価を与えられる作品です。オリジナルLPでは全7曲中リトルが加わらない曲が3曲もありますから、「エリック・ドルフィー・ウィズ・ブッカー・リトル」名義で発売されたのは半分はったりなのですが、これはプレスティッジ=ニュー・ジャズが本作発売のタイミングを待っているうちにリトルが急逝したことによる追悼発売になったのもありますし、リトル参加の4曲(CDボーナス・トラックを入れれば5曲)だけでも貢献度の高さが認められるのであながち的はずれでもありません。リトルはマックス・ローチのバンドのメンバーが本職だったので契約上全曲参加できなかったとも考えられます。ドルフィーともっとも多く共演したトランペット奏者はフレディ・ハバードですが、ハバードはリトルより鋭角的な演奏をする奏者ですからハバードの参加だったら名作でも攻撃的なニュアンスになったと思われ、本作の場合はリトルの参加がアルバムをより親しみやすい雰囲気にしています。

 本作録音の1960年12月に、ドルフィー20日ジョン・ルイス&ガンサー・シュラーの『ジャズ・アブストラクション』にオーネット・コールマンスコット・ラファロビル・エヴァンスジム・ホールとゲスト参加し、翌21日深夜にオーネット・コールマンの『フリー・ジャズ』にハバードやラファロとゲスト参加すると(以上2作はアトランティック・レーベル作品で、録音はニューヨークのA&Rスタジオ)、続いてニュー・ジャージーのヴァン・ゲルダー・スタジオで『ファー・クライ』を録音をしました。『ジャズ・アブストラクション』のドルフィー&オーネット未参加曲は19日録音ですがアルバムの大半はドルフィー&オーネット参加曲が占めるので、ドルフィーの関わったジャズ史上屈指の名作3枚が実質2日で3枚制作されたことになります。ドルフィーは32歳と6か月、余命は3年6か月でした。これだけの集中的スケジュールで作り上げたアルバムとは思えないほど『ファー・クライ』の選曲と各楽曲の構成は練り上げられたものです。『アウト・ゼア』のタイトル曲を「ファー・クライ」と改題し、やはり『アウト・ゼア』収録曲「セレーン」を再録(LPでは未収録、後に未収録曲集『ダッシュ・ワン』で発表され、現在は『ファー・クライ』CDボーナス・トラック)したのはリトルとバイヤード入りの標準編成のクインテットでリメイクしたかったのでしょう。実際『アウト・ゼア』のテイクは異様な編成だったため、同じ曲でも全然違って聴こえます。タイトル曲はA面3曲目でA面の締めくくりですが、ブッカー・リトルの端正なソロを先発だからこそドルフィー渾身のアウトすれすれの後発ソロががスリリングになっています。A面1曲目と2曲目はジャッキー・バイヤードのオリジナルで、チャーリー・パーカーのお母さんに捧げられたA1は軽快なブルースをユニークなテーマ処理で聴かせます。バスクラリネット使用のA1に続いてパーカー追悼曲のバラードA2ではドルフィーのフルートが情感豊かで美しく、そしてドルフィー自作のA3で結ばれるA面の流れは完璧と呼べる出来です。

 B面はドルフィー自作のAA'(16小節×2)をテーマに持つスウィンガー「ミス・アン」から始まります。典型的なドルフィー節というべきテーマで、「オード・トゥ・C.P.」ともども最晩年のヨーロッパ巡業までライヴ演奏されています。A3やこのB1のような乗り重視の曲ではドルフィーは主楽器のアルトサックスを使っています。B2からが必殺で、リトルの抜けたカルテットでマル・ウォルドロンの「レフト・アローン」をフルートのワンホーンで吹いています。ウォルドロンはチャールズ・ミンガスのバンドやプレスティッジ・レコーズのジャムセッション・アルバムの音楽監督を経て晩年2年間のビリー・ホリデイ(1915-1959)の専属ピアニストでしたが、「レフト・アローン」はホリデイの歌詞に作曲されたオリジナル曲でホリデイ生前の録音が間に合わなかった曲でした。ウォルドロンのアルバムで発表されたばかりだったこの曲は当時も今も日本でしか人気がありませんが、ドルフィーはいち早く目をつけています。フルート用に移調していますが、ジャッキー・マクリーンがアルトサックスを吹いたウォルドロンのオリジナル・ヴァージョン以上に情熱的なプレイが聴けます。ドルフィーはアルバムごとにビリーのレパートリーを採り上げましたが、アヴァンギャルド・ジャズに分類されるドルフィーアヴァンギャルドにとどまらない広いリスナーへの訴求力を持つのも、爆発的なエモーションとスウィング感によるのが伝わってきます。続くB3はドルフィー以外は全員休んで、これもビリー・ホリデイの愛唱曲「テンダリー」をソロ・アルトサックスで感動的に歌い上げます。管楽器の無伴奏ソロ演奏ならではの緊張感もぐっととこみ上げますが、続くB4ではリズム・セクションが戻り、バスクラリネットのワンホーンで大スタンダードの「イッツ・マジック」が朗々と奏でられます。実際はドルフィーはかなり破天荒なピッチで吹いているのですが、B面の流れで聴くとこれが実に開放感にあふれて爽やかに聴こえるのです。A面の流れも完璧でしたが、B面の流れも完璧という以外ありません。CDのボーナス・トラックではこのセッションで録音されLP未収録になったクインテット版「セレーン」がさらに続きますが、ミドル・テンポの場合の典型的なドルフィーのオリジナル曲なのでアンコール・ナンバー的に良く収まっています。プレスティッジ・レコーズ(ニュー・ジャズ)の管理番号(マトリックス・ナンバー)ではアルバム全編と『セレーン』がアルバム収録順にナンバリングされているそうですから、アルバム編集後のナンバリングであって録音順を表すものではないでしょう。

 通常マスター・テープの管理番号は録音順にナンバリングされますが、プレスティッジ(ニュー・ジャズ)でのドルフィーのアルバムの管理番号はすべて完成アルバム曲順なので、プレスティッジではアルバム編集後のセカンド・マスターを残せば良しとして編集前のオリジナル・マスター・テープは破棄(再使用)する慣習だったと思われます。幸いドルフィーのアルバムは数年後のドルフィー急逝によってロングセラー商品になり、状態の良いマスターが常に保管されるようになりました。プレスティッジに限らず他のレーベルでも売れない作品の場合マスター・テープ自体が紛失してしまい、CD化に当たって初回プレスLPから盤起こしでCD用のマスター・テープが作成される場合もよくあります。これはジャズに限らずポピュラー音楽全般がそうなので、'60年代末~'70年代初頭のマイナー・レーベル林立期のロックでもマスターテープの紛失例は多いのです。他社での録音を含むドルフィーディスコグラフィー全般を見るとアルバムの曲順通りに録音されることはまずなく、バスクラリネット2曲、フルート2曲、アルトサックス2曲と同じ楽器で連続録音する場合が通例で、LPのAB面にバスクラリネット曲・フルート曲・アルトサックス曲を1曲ずつ振り分けた『ラスト・デイト』でも録音順はそうなっています。『ファー・クライ』も実際の録音順は楽器単位だったでしょう。アルバムにまとめる際に絶妙の配置がされたというより、実際のアルバムではどんな曲順にするか予定した上で全曲が収録されたのは間違いありません。昨日は『ジャズ・アブストラクション』、今日は『フリー・ジャズ』録音直後というスケジュールの上に、ニュー・ジャズ(プレスティッジ)レーベルの録音だからミーティングもリハーサルもないぶっつけ本番の録音で、理想的なメンバーとはいえテレパシーで結ばれたとしか思えないような奇跡的な演奏が収録されたのです。ドルフィーはきちんと譜面を揃えておくリーダーだったそうですから、本作収録前にアルバム全編の収録曲を曲順込みで入念に構想し、準備していたのがうかがえます。4月録音の『アウトワード・バウンド』、8月録音の『アウト・ゼア』や多数の参加アルバムの経験(この年だけで15枚あまり)からついに文句なしの名作を作ってのけたのです。しかし本作は『ジャズ・アブストラクション』『フリー・ジャズ』(ともに1961年9月発売)よりずっと遅く、ブッカー・リトルの急逝を受けた追悼盤として1962年にようやく発売されました。しかも残りの生涯でドルフィーが制作できたスタジオ録音アルバムは3枚きり、そのどれもが生前発売には間にあわないことになるのです。

(旧稿を改題・手直ししました)