人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

チャールズ・ミンガス Charles Mingus - ミンガス・アット・ザ・ボヘミア Mingus at the Bohemia (Debut, 1956)

チャールズ・ミンガス - ミンガス・アット・ザ・ボヘミア (Debut, 1956)

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チャールズ・ミンガス Charles Mingus - ミンガス・アット・ザ・ボヘミア Mingus at the Bohemia (Debut, 1956) Full Album : http://youtu.be/7OMjgu7U3dQ
Recorded live at Cafe Bohemia, NYC, December 23, 1955
Released by Debut Records DEB-123, August 1956

(Side 1)

A1. Jump Monk (Charles Mingus) - 6:44
A2. Serenade In Blue (Mack Gordon, Harry Warren) - 5:57
A3. Percussion Discussion (Mingus, Max Roach) - 8:25

(Side 2)

B1. Work Song (Mingus) - 6:16
B2. Septemberly (Harry Warren, Al Dubin / Jack Lawrence, Walter Gross) - 6:55
B3. All The Things You C♯ (Jerome Kern, Oscar Hammerstein II / Sergei Rachmaninoff) - 6:47

[ Charles Mingus Jazz Workshop ]

Charles Mingus - bass
George Barrow - tenor saxophone
Eddie Bert - trombone
Mal Waldron - piano
Willie Jones - drums
Max Roach - drums ("Percussion Discussion" only)

(Reissued Debut / OJC "Mingus at the Bohemia" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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 ニューヨークの有名ジャズ・クラブ、カフェ・ボヘミアで収録されたライヴ・アルバムの名盤は'50年代に数多く、ジョージ・ウォーリントンやジャズ・メッセンジャーズケニー・ドーハムらハード・バップ系ジャズのイメージが強いのですが、チャールズ・ミンガスのこのライヴ盤はジョージ・ウォーリントンと同じ1955年の収録ながら、ハードバップを代表するジョージ・ウォーリントン(1924-1993)の『ライブ・アット・ザ・カフェ・ボヘミア(Live at the Café Bohemia)』(1955年9月録音)とはまったく異なる方向性を持つアルバムです。ウォーリントンは白人ピアニストですが演奏は最先端の黒人ジャズであるハード・バップで、ライヴ・アルバムの成功はメンバーの人選によるところも大きなものでした。この時のウォーリントン・クインテットのメンバーはドナルド・バード(トランペット)、ジャッキー・マクリーン(アルトサックス)、ポール・チェンバース(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)、つまりウォーリントン以外は全員黒人の有望新人ばかりでした。実際ポール・チェンバースはすぐマイルス・デイヴィスのバンドに引き抜かれて若手No.1ベーシストと目されるようになりましたし、アート・テイラーはプレスティッジ・レコーズのハウス・ドラマーになります。バードとマクリーンについては言うまでもなく、同作の実質的なアレンジャーと音楽的リーダーはドナルド・バードだったのが一聴してわかります。マクリーンは1951年~55年まで断続的にマイルス・デイヴィスのバンドに起用されていましたが、56年1月末にはチャールズ・ミンガス・ジャズ・ワークショップのメンバーとして『直立猿人(Pithecanthoropus Erectus)』の録音に参加し、自己名義のアルバムを録音する一方で1956年秋からはアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズに加入して音楽監督を勤め、1956年と57年の2年間で30枚の参加アルバムを残しています。当時のマクリーンの多忙ぶりは、'50年代半ばにはジャズがいかに薄利多売な商売だったかを物語ります。

 1956年1月30日に『直立猿人』の録音が行われ、それが選曲もアレンジも練り込まれたアルバムなのを思うと、『ミンガス・アット・ザ・ボヘミア』の収録された1955年12月23日にはアトランティック・レコーズとの契約はもちろん、メンバーの人選もアルバムの構想もほぼ確定していたのは間違いないでしょう。『アット・ザ・ボヘミア』と同時に収録された姉妹編『ザ・チャールズ・ミンガスクインテットマックス・ローチ』収録曲は、

A1. A Foggy Day (George Gershwin, Ira Gershwin) / A2. Drums (Charles Mingus, Max Roach) / A3. Haitian Fight Song (Mingus) / A4. Lady Bird (Tad Dameron)
B1. I'll Remember April (Gene de Paul, Patricia Johnston, Don Raye) / B2. Love Chant (Mingus)

 でした。『直立猿人』収録曲はA面が「Pithecanthoropus Erectus」「Foggy Day」、B面が「Profile of Jackie」「Love Chant」ですから「Foggy Day」と「Love Chant」はそのままスタジオ・ヴァージョンに先立つライヴ・ヴァージョンになっています。また表題曲「Pithecanthoropus Erectus」は『ザ・ジャズ・エクスペリメンツ・オブ・チャールズ・ミンガス』の「Minor Intrusion」と「Thrice Upon a Theme」の部分テーマにこの『アット・ザ・ボヘミア』冒頭の「Jump Monk」、B面冒頭の「Work Song」を合わせて再アレンジし、新しい曲にしたものでした。平歌部分の4/4拍子からブリッジ・パートが6/8拍子に変化する手法は15年後にイギリスのロック・ミュージシャンによってジャズ・ロック~プログレッシヴ・ロックの定番的手法となります。画期的アルバム『直立猿人』の、スタジオ録音に先立つライヴ・ヴァージョンという側面のある『アット・ザ・ボヘミア』『ザ・チャールズ・ミンガスクインテットマックス・ローチ』ですが、試作にとどまらず独立した価値を持つのは、ライヴでありながら完成度の高い演奏と、ライヴならではの実験性の高い曲が同居しているからでもあります。実験性とは、本作の場合パフォーマンス性と呼んでも良いでしょう。『アット・ザ・ボヘミア』では「Percussion Discussion」、『ミンガス・クインテットマックス・ローチ』では「Drums」がそれに当たり、ベースのアルコ(弓弾き)奏法とピチカート奏法を往復するミンガスに、マックス・ローチのドラムスが変幻自在に応じます。5年後には斬新な手法として賛否両論を呼び、10年後には一般化するフリー・ジャズをもう1955年にやっている点でもこのライヴ二部作は注目されます。

 ミンガスはバンドリーダー、作曲家でベーシストですからライヴでは無伴奏ベースのイントロで始まる曲が多いのですが、セロニアス・モンクを讃えた「Jump Monk」や次作に振り分けられた「Haitian Fight Song」はその中でも特にかっこいい曲でしょう。実はそうしたタイプの曲はサビのリフ以外は特定のテーマ・メロディは決められておらず、テナーサックスのジョージ・バーロウもトロンボーンのエディ・バートもアドリブで入り始めていますが、このバーロウ&バートのコンビはミンガス史上もっとも地味で過小評価されたフロント・ラインで、テナーにトロンボーンでは低音域に固まりすぎています。その上ミンガスがリーダーだけあってベースが目立つアレンジで、しかもピアノは低音域でコンピングするタイプのマル・ウォルドロンです。ミンガスはトロンボーンバリトンサックスなど低音大好きなリーダーで、バーロウもバリトンサックス奏者として知られますがさすがにトロンボーンバリトンでは低すぎるので、本作ではバリトンに近いニュアンスでテナーを吹き、必要な場面ではテナーの高音域を吹いて対応しています。その「Jump Monk」もサビまでピアノが入らないアレンジですが、次の「Serenade In Blue」もベースにテナーとトロンボーンの合奏が三声のコードを形成してからピアノが入ってきます。ピアノが引き継いで本格的なイントロになってイン・テンポになりますが、ピアノのコンピングもハード・バップ的にリズムを推進させるのではなく、テナーとトロンボーンのアドリブもソロのリレーではなく即興アンサンブルで展開するのが一般的なハードバップとは異なっています。

 内容の充実に反して曲名が即物的すぎてもったいない「Percussion Discussion」でA面は終わり(ベースは一部オーヴァーダビングされていると思われます)、B面の「Work Song」はのちのナット・アダレイのファンキー・ジャズの名曲とは同名異曲で、ミンガス流のジャズによる交響詩です。2管のリフの微妙なニュアンスも素晴らしいものですが、バートのソロ、ミンガスのソロのバックで蠢くようなウォルドロンの陰鬱なピアノも絶品で、バップ・ピアノから出発して独自の芸風に至ったウォルドロンならではの持ち味がこの時期のミンガスのバンドにいかに貢献していたかを伝えてくれます。クロージング・テーマではウォルドロンは拳でピアノの低音部を打鍵するクラスター奏法までやっています。次の「Septemberly」はミンガス得意の2曲同時演奏で、スタンダード「September In The Rain」と「Tenderly」をトロンボーン(前者)とテナーサックス(後者)に分けて演奏し、全体的には「Tenderly」のテーマ旋律を「September In The Rain」『セプテンバー・イン・ザ・レイン』のコード進行でリハーモナイズしたような曲想になっています。アルバム最後の「All The Things You C♯」はスタンダード「All The Things You Are」にラフマニノフの『プレリュード嬰ハ短調』を足し、さらにピアノによるバッキング・パートはドビュッシーの「月の光」から転用したモチーフも弾いている、と大変なことになっています。「All The Things You Are」はビ・バップの定番曲ですから、ビ・バップをさらに複雑化した結果全然別物になったものをあえて演ってみせたような演奏です。この曲では全員がソロをまわし、ミンガスのギター並みのベース・ソロも聴けて、バップらしい4バース・チェンジもやっているのがなおさら異彩を放ちます。
 
 ミンガスはロサンゼルス出身で、ニューヨークを発祥とするビ・バップには遅れて加わったジャズマンでした。遅れて加わった分だけチャーリー・パーカーバド・パウエルらトラブルメーカー的な先輩天才ビ・バッパーたちに深く傾倒し、憧憬が強いあまりパーカーやバドの奇行や横暴にも寛大だったというマイルス・デイヴィス皮肉まじりの証言もあります(『マイルス・デイヴィス自叙伝』)。チャーリー・パーカーが急逝したのは1955年3月で、ミンガスはパーカー追悼盤としてジャズ・ワークショップ・レコーズからパーカーの発掘ライヴ『バード・アット・セント・ニックス(Bird at St. Nick's)』をリリースしています。黒人ジャズの尖鋭はハード・バップ・スタイルに移っていましたが、ハード・バップはビ・バップの洗練化のようでいてビ・バップ時代の純粋なバップ・スタイルのジャズマンを置き去りにするようなものでもありました。さらにミンガス自身の音楽的試みは、ビ・バップ時代にもハード・バップ時代にも孤立したものでした。またジャズ・シーンでは、ミンガスの音楽から発展した系譜も生まれなかったと見なせます。ミンガスのスタイルから強い影響を受けたのは'60年代後半のブルース・ロック以降~ジャズ・ロックにおよぶブリティッシュ・ロックのミュージシャンたちでした。ミンガス自身は生涯ロックのミュージシャンをジャズからの剽窃と嫌っていたのも結果的には不毛な断絶を生むことになります。そのミンガスの作風の原点でもあり、完成度も高い『アット・ザ・ボヘミア』と姉妹作『ザ・チャールズ・ミンガスクインテットマックス・ローチ』は続くアトランティック・レコーズからの名作の陰になっていて、いまだに内容に見合うだけ聴かれておらず、過渡期の作品として過小評価されている観があります。

(旧稿を改題・手直ししました)