レニー・トリスターノの芸術 (ザ・ニュー・トリスターノ) (Atlantic, 1962)
レニー・トリスターノ Lennie Tristano - レニー・トリスターノの芸術 (ザ・ニュー・トリスターノ) The New Tristano (Atlantic, 1962) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLccpwGk_xup_BcEyHatA8QR3KWm5MOSYo
Recorded at Tristano's own studio, New York City, 1960-1961
Released by Atlantic Records Atlantic 1357, February 1962
All songs composed by Lennie Tristano, unless otherwise noted.
(Side 1)
A1. Becoming - 4:31
A2. C Minor Complex - 5:47
A3. You Don't Know What Love Is (Gene de Paul, Don Raye) - 3:26
A4. Deliberation - 4:48
(Side 2)
B1. Scene and Variations - 11:40
a) Carol - 2:51
b) Tania - 4:29
c) Bud - 4:20
B2. Love Lines - 2:18
B3. G Minor Complex - 3:49
[ Personnel ]
Lennie Tristano - unaccompanied solo piano
*
(Original Atlantic "The New Tristano" LP Liner Cover & Side 1 Label)
初の12インチLPによるフルアルバムとなった前作『鬼才トリスターノ』1956(1955年録音)もレニー・トリスターノ(1919-1978)にとって、公式録音としては1949年5月16日収録のキャピトル・レコーズへの4曲のセクステット・セッション、1951年10月3日収録のトリスターノ自身による自主制作SP「Ju-Ju c/b Pastime」のトリオ録音2曲以来のほぼ5年ぶりのレコーディングでしたが、『鬼才トリスターノ』に続いて制作されたピアノ・トリオによるスタンダード曲集のアルバム『ニューヨーク・インプロヴィゼーションズ(New York Improvisations)』は曲順まで決まりマスターテープまで完成されながらお蔵入りになってしまいます。おそらくその企画がアトランティックからの提案であり、それを不服としたトリスターノが発売を拒否したと推察されるのは同アルバムをご紹介した際に触れました。'50年代からトリスターノはますます商業化したジャズ界を嫌い、レコーディングもライヴも活動を縮小し、自宅スタジオでの音楽の個人教授を優先して生計を立てていくことになります。1994年にリー・コニッツ、ウォーン・マーシュ、ジミー・ギャリソン、ポール・モチアンをメンバーとしたビル・エヴァンス1959年2月24日・3月3日の発掘ライヴ『Live At the Half Note』(Verve, 314 521 659-2)が2CDで発表され話題を呼びましたが、これはトリスターノ・クインテットのハーフ・ノート・クラブでの公演期間中にトリスターノが音楽教室のため出演できなかった日程にトリスターノの指名でビル・エヴァンスがトリスターノの代役を勤めたライヴで、曲目も1948年以来のコニッツ&マーシュ入りのトリスターノ・クインテットのセットリストを代役ピアニストのエヴァンスが入って演奏したものでした。『鬼才トリスターノ』から1962年までの空白期間中のレコーディングはトリスターノの没後発表になりますが、フルアルバム第2作としてようやくトリスターノが制作・発表したのが前作『鬼才トリスターノ』から6年後の本作、完全ソロ・ピアノによる初のフルアルバム『レニー・トリスターノの芸術 (ザ・ニュー・トリスターノ)』です。『鬼才トリスターノ』でも2曲がソロ・ピアノであり、またトリスターノはニューヨーク進出直前の1945年1月にもソロ・ピアノ4曲を自主制作していますが、12インチLPのフルアルバムをソロ・ピアノで制作したのは本作が初めてになります。
『レニー・トリスターノの芸術』はビリー・ホリデイ晩年のレパートリーA3「あなたは恋を知らない(You Don't Know What Love Is)」以外オリジナル曲の体裁を取っていますが、実際はトリスターノ得意のビ・バップ=クール・ジャズ流儀のスタンダード曲の改作が大半を占めており、A1「Becoming」は「Subconscious-Lee」と同じコール・ポーターの「恋とは何でしょう(What Is This Thing Called Love?)」、A4「Deliberation」は大スタンダード「Indiana」、B1「Scene and Variations」は「My Melancholy Baby」、B2「Love Lines」は「Foolin' Myself」、B3「G Minor Complex」は「You'd Be So Nice to Come Home To」でA2「C Minor Complex」も同じ曲ですがより過激に変奏されています。原曲のコード進行のみを踏襲して演奏は徹底的にテーマなしのインプロヴィゼーションで展開されており、本作はジャズの細分化ジャンルとしては「Post Bop」「Free Jazz」のアルバムとしてトリスターノの極めつけのソロ・ピアノ・アルバムと目される内容になりました。トリスターノは本作以降数少ないライヴではほとんどをソロ・ピアノでのみ演奏し、1968年を最後にライヴも行わなくなりますが、ここまで原曲を解体した演奏フォーマットではバンド形態でのライヴも不可能だったでしょう。本作はセシル・テイラーの『セシル・テイラーの世界(The World of Cecil Taylor)』1960年と比較され、ともに現代音楽とジャズの悪しき融合、または現代音楽とは異なるジャズならではの達成として毀誉褒貶されましたが、トリスターノ、テイラーともに純粋なビ・バップ以降の即興演奏の究極的追及を目指して到達したスタイルなのは確かです。それがあまりにもビ・バップ以降の主流となったハード・バップ・スタイル、ウエストコースト・ジャズ・スタイルとは異なっていたことからトリスターノ、テイラーともに孤立したジャズマンと見なされることになったのです。
レニー・トリスターノのクール・ジャズはビ・バップから派生して白人ジャズ独自の方法を発明したものであり、トリスターノ自身は純粋なビ・バップ・ピアニスト、ただしバド・パウエルともセロニアス・モンクとも異なる作風を築いた人でした。本作のA1「Becoming」は自作名義ですが、実際にはトリスターノがジャズ・ピアニストとしてシカゴで出発した1940年代前半からたびたび演奏していた生涯の愛奏曲、スタンダード王コール・ポーター作詞作曲の1929年のミュージカル提供曲「恋とは何でしょう(What Is This Thing Called Love?)」のコード進行に乗せたインプロヴィゼーションなのは前述した通りです。同曲は凝ったコード進行から黒人ジャズのビ・バップでも人気曲で、黒人ビ・バップ・ピアニストのタッド・ダメロンによる改作「ホット・ハウス(Hot House)」はディジー・ガレスピー&チャーリー・パーカー・クインテットの定番曲としてビ・バップを代表する曲になっていました。ビ・バップと同時期にトリスターノは白人ジャズの立場から「恋とは何でしょう」にアプローチしており、トリスターノにとって初の10インチLP録音になった弟子のアルトサックス奏者リー・コニッツのアルバムでも「Subconscious Lee」として同曲の改作を録音していました。このスタンダード曲改作の流儀はトリスターノがビ・バップに根ざしたピアニストである自負を物語るものです。トリスターノ自身の名義のフルアルバムは生前に『鬼才トリスターノ』(Atlantic, 1956)、本作『レニー・トリスターノの芸術 (ザ・ニュー・トリスターノ)』(Atlantic, 1962)、『メエルストルムの渦(Descent into the Maelstrom)』(East West, 1976)しかなく、『トリスターノの芸術』のあとトリスターノは新録音の発表を辞めてしまい、1966年を最後に人前でのライヴも一切行わなくなっていたので、1976年に日本のジャズ・レーベルのイースト・ウェストが創設されて国内外のジャズマンに新作発表を依頼した時に真っ先にトリスターノの新作の連続制作の企画が立てられましたが、トリスターノからまず送られてきたのは新録音ではなく1951年~1966年の未発表録音のコンピレーション『メエルストロムの渦』で、次作は新録音を提供するとトリスターノはレーベルと約束していましたが実現の前にトリスターノが逝去したため、日本盤オリジナルの同作が生前最後に発表されたトリスターノのアルバムになりました。実は初期の未発表ライヴから『鬼才トリスターノ』と『トリスターノの芸術』の間のブランク期間、『トリスターノの芸術』以後の新作アルバムまでが多数トリスターノ自身によって没後発表のためまとめられていたのが判明したのは1980年代以降のことで、「Becoming」をオープニング曲にした本作『トリスターノの芸術 (ザ・ニュー・トリスターノ)』は結局アルバム・タイトルに反してトリスターノの現役引退宣言アルバムだったことになりました。
トリスターノの「Becoming」はスタンダード曲「恋とは何でしょう」のビ・バップ流改作としてもタッド・ダメロンの「Hot House」、トリスターノの愛弟子リー・コニッツとのクインテットの「Subconscious-Lee」よりさらに大胆な改作で、コニッツのスタイルからヒントを得てスタイルを確立したアルトサックス奏者アート・ペッパーの「恋とは何でしょう」、トリスターノに兄事したビル・エヴァンスの「恋とは何でしょう」と聴き較べてもトリスターノのソロ・ピアノによる「ビカミング」は尋常ならざる演奏で、トリスターノは白人ジャズのクール・スタイルの創始者ですが、クールという名称から思い浮かぶようないわゆるジャズの都会的ムード、心地良いリラクゼーション、わかりやすい格好良さや乗りとはまったく無縁にゴツゴツした無愛想な演奏で、それでいて完全にトリスターノ自身の強固な独自のスタイルを自信を持って築き上げた人です。本作『レニー・トリスターノの芸術 (ザ・ニュー・トリスターノ)』はアルバム全編が冒頭曲「Becoming」で示される徹底的な緊張感で貫かれたトリスターノのジャズの極北とも呼べるアルバムです。トリスターノはSP盤フォーマット(シングル)が主流だった'40年代のうちには多数の録音がありましたが、後年になるほど商業主義的ジャズとの妥協を一切拒否したため1950年を境目にしたLPフォーム(1954年までは10インチ盤が主流で、1955年以降は12インチ盤に移行)の時代には極端に寡作になり、LP時代にはすでに過去のアーティストとされていたピアニストでした。難解で高踏的かつまったく観客受けを顧慮しない演奏をするジャズマンだったのでニューヨーク・デビューからまだ話題性の高かった'40年代が過ぎるとジャズ・クラブからも嫌われ、トリスターノのスタイルを白人ジャズ全般に広める役割を果たした最大の愛弟子コニッツとも何度も衝突をくり返すことになります。
トリスターノ/コニッツ・クインテットの「Subconscious-Lee」、アート・ペッパー・カルテットの「恋とは何でしょう」、ビル・エヴァンス・トリオの「恋とは何でしょう」とトリスターノの「ビカミング」をぜひお聴き較べになってください。リスナーのためでもトリスターノ自身のためでもない、もはや誰に聴かせるでもない絶対零度のインプロヴィゼーションが本作にはあり、以後トリスターノは何の反響も確かめ得ない、没後発表のためだけのアルバム作り(『メエルストロムの渦』は日本の新設レーベルの求めに応じたサンプラー的編集盤だったのでしょう)だけで生涯を全うするのです。
Lennie Tristano / Lee Konitz Quintet - Subconscious Lee (Tristano, Konitz) (from the album "Subconscious Lee", Prestige Records PRLP 7004, 1955) : https://youtu.be/RK4U0Q3LbWE - 2:49
Recorded in New York City January 11th 1949
[ Lennie Tristano / Lee Konitz Quintet ]
Lennie Tristano – piano, Lee Konitz - alto saxophone, Billy Bauer - guitar, Arnold Fishkin - bass, Shelly Manne - drums
Art Pepper Quartet - What Is This Thing Called Love? (Cole Porter) (from the album "Modern Art", Intro Records ILP-606, 1957) : https://youtu.be/B2NBLxFkDas - 6:00
Recorded at Radio Recorder in Los Angeles, California, December 28, 1956
[ Art Pepper Quartet ]
Art Pepper - alto saxophone, Russ Freeman - piano, Ben Tucker - bass, Chuck Flores - drums
Bill Evans Trio - What Is This Thing Called Love? (Cole Porter) (from the album "Portrait In Jazz", Riverside Records RLP 12-315, 1960) : https://youtu.be/mSr52pyHBDQ - 4:35
Recorded in New York City, December 28, 1959
[ Bill Evans Trio ]
Bill Evans - piano, Scott LaFaro - bass, Paul Motian - drums