人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

レニー・トリスターノ - クール・ジャズの誕生 (Various Sessions, 1945-1953)

レニー・トリスターノ - クール・ジャズの誕生 (Various Sessions, 1945-1953)

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Compilated Reissued by Proper Records PROPERBOX 64 as 4CD Boxset "Lennie Tristano Intuition", 2003
All compositions by Lennie Tristano except as indicated.
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Lennie Tristano - Piano Solo Pieces (Private Press, 1945)
Recorded in Chicago, January 6, 1945
1. Yesterdays (Kern-Harbach) : https://youtu.be/9LlEm0axU0A - 3:03
2. What Is This Thing Called Love (Cole Porter) : https://youtu.be/bRsugHu9qtU - 2:47
3. Don't Blame Me (Fields-McHugh) : https://youtu.be/kGBtHXTf-50 - 2:49
4. I Found A New Baby (Palmer-Williams) : https://youtu.be/WtNCSxzvx60 - 2:46
[ Personnel ]
Lennie Tristano - unaccompanied solo piano

Lennie Tristano Trio (V-Disc/JBB268, 1946)
Recorded at New York, late 1946
1. I Can't Get Started (Duke-Gershwin) : https://youtu.be/j9XIw0C3T1U - 2:57
2. A Night In Tunisia (Interlude) (Gillespie-Paparelli) : https://youtu.be/tdG7FWov2js - 2:21
[ Lennie Tristano Trio ]
Lennie Tristano - piano
Billy Bauer - guitar
Leonard Gaskin - bass

Lennie Tristano on Keynote (Keynote, 1946-1947)
Recorded at New York, October 8, 1946 (1-5), March 23, 1947 (6-8)
1. Out On A Limb : https://youtu.be/nPpphOkoAI4 - 2:43
2. I Can't Get Started (Duke-Gershwin) : https://youtu.be/j9XIw0C3T1U - 3:01
3. I Surrender Dear (Barris-Clifford) : https://youtu.be/MYZKUqWGOWU - 3:11
4. Interlude (A Night In Tunisia) (Gillespie-Paparelli) : https://youtu.be/gKAJ8iiqMlA - 3:11
5. Untitled Blues : https://youtu.be/COBDY_wMzv8 - 3:31
6. Blue Boy : https://youtu.be/fyFKrC7a90Q - 2:51
7. Atonement : https://youtu.be/IQgTie4vUa4 - 2:31
8. Coolin' Off With Ulanov : https://youtu.be/Uqtf3JXu7jk - 2:32
[ Lennie Tristano Trio ]
Lennie Tristano - piano
Billy Bauer - guitar
Clyde Lombardi - b (1-5)
Bob Leininger - b (6-8)

Lennie Tristano on Savoy (Savoy, 1947)
Recorded at New York, October 23, 1947
1. Supersonic : https://youtu.be/5pHfLEbK-Ig - 3:22
2. On A Planet : https://youtu.be/5gZCNj0_TrU - 3:20
Lennie Tristano - piano
Billy Bauer - guitar
John Levy - bass

Lennie Tristano on Baronet/Selmer (Baronet/Selmer, 1947)
Recorded at New York, December 31, 1947
1. Abstraction : https://youtu.be/VtZYXw5hy6o - 2:42
[ Lennie Tristano Trio ]
Lennie Tristano - piano
Billy Bauer - guitar
Arnold Fishkin - bass

 今回はSPレコード、または10インチLP時代のレコーディング作品ばかりなのでアルバム単位のリンクが引けず楽曲単位になり、リンクが細かいので本文は短めにします。イタリア系でシカゴ出身の白人ジャズ・ピアニスト、レニー・トリスターノ(1919~1978)はジャズ史上、白人ミュージシャンとしては最大の存在の一人で、黒人音楽のジャズでビバップ以降のモダン・ジャズでは初めて白人ジャズならではの改革をなしとげた人でした。その点ではマイルス・デイヴィスの参謀だったギル・エヴァンス(アレンジャー)も及ばず、ビル・エヴァンス(ピアノ)もレニー・トリスターノのピアノ奏法と楽理改革を学び、直接トリスターノの代理ピアニストの仕事をすることでエヴァンスならではの技法を切り開いたピアニストでした。トリスターノに師事したアルトサックスのリー・コニッツのスタイルは白人サックス・スタイルの源流となり、デイヴ・ブルーベック(ピアノ)とポール・デスモント(アルトサックス)のコンビはトリスターノとコニッツのスタイルをポピュラーに作り替えて人気を博したものでした。

 シカゴで活動していたトリスターノを見出したのはジャズ雑誌「Metronome」の批評家バリー・ウラノフで、ウラノフの後援で1946年にニューヨークに進出したトリスターノは黒人ビ・バップ全盛の同年に、バド・パウエルセロニアス・モンクら黒人バップ・ピアニストより早くデビューし、その年最大の新人となりました。クラシック界の神童グレン・グールドや黒人ジャズ至上主義の白人リスナーからも敵視されたほどトリスターノのジャズは斬新で、1946年~1947年のトリオ録音は今でも未来の音楽のように響きます。当時の黒人ジャズからは絶対生まれなかった音楽ですが、トリスターノはシカゴ時代にビ・バップや、ビ・バップの源流となるレスター・ヤング(テナーサックス)、ビリー・ホリデイ(ヴォーカル)、またビ・バップ最大のアルトサックス奏者チャーリー・パーカーを崇拝し、徹底的に研究することでオリジナルなスタイルにたどり着いたアーティストでした。当初トリスターノは白人ビ・バップの新人と目されましたが、やがてトリスターノのスタイルはクール・ジャズと呼ばれるようになりました。それはダイナミックな黒人ジャズのリズム感とは正反対に徹底してリズムのダイナミズムを抑制し、4小節~16小節単位で展開していたアドリブを32小節~64小節まで拡張・細分化して再解釈したことで従来の黒人ジャズにないリズムの革新と和声の革新に方法的に踏みこんだもので、トリスターノに直接師事したメンバーとのグループ表現でないとほとんど演奏不可能なほどに徹底して複雑化したものでした。トリスターノの手にかかると「On A Planet」はもちろんビリーやレスター、パーカーのレパートリーだったスタンダード曲、さらにビ・バップを代表するラテン・ジャズ曲「チュニジアの夜」でさえも宇宙空間で奏でられたサウンドのように聴こえます。
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Lennie Tristano Quartet & Quintet - Subconscious Lee (New Jazz, 1949)
Recorded at New York, January 11, 1949
1. Tautology (Konitz) : https://youtu.be/wiV0j0XSvcg - 2:44
2. Progression (Konitz) : https://youtu.be/wFG1ifwCOkw - 3:03
3. Subconscious-Lee (Konitz) : https://youtu.be/RK4U0Q3LbWE - 2:48
4. Judy : https://youtu.be/F57NyTVj6LU - 2:54
[ Personnel ]
Lennie Tristano - piano
Lee Konitz - alto saxophone
Billy Bauer - guitar
Arnold Fishkin - bass
Shelly Manne - ds (except 4)

 1946年~1947年のトリオ時代から1948年には21歳のリー・コニッツをアルトサックスに迎え、1949年の初の10インチLP『Subconscious Lee』は初の管楽器&ドラムス入り編成になりました。革新的なビリー・バウアーのギターもあってトリオ時代はどの楽器が主旋律を弾いているのかわからない眩惑感がありましたが、クインテット(カルテット)で試みられたサウンドは一分の隙もないビートと途切れることのない限界まで長いメロディのアンサンブルが実験され、そうして生まれたトリスターノのクール・ジャズはくつろぎや暖かみとは別の、本来の意味でクールなものになりました。さらに同年春からはレギュラー・メンバーにテナーサックスのウォーン・マーシュも加わり、マーシュのテナーはコニッツのアルトと聴き分けがつかないくらいトリスターノに徹底的に指導されたものでした。

Lennie Tristano Quartet, Quintet & Sextet - Intuition (Capital, 1949)
Recorded at New York, March 4(1,2), March 14(3), May 16(4-6), 1949
1. Wow : https://youtu.be/0kbZy8XPiig - 3:21
2. Crosscurrent : https://youtu.be/WdBdK8tpS1g - 2:50
3. Yesterdays (Kern-Harbach) : https://youtu.be/9ykgrSuBnXw - 2:48
4. Marionette (Bauer) : https://youtu.be/obTey9FQ9Pc - 3:05
5. Sax Of A Kind (Konitz-Marsh) : https://youtu.be/VhVCGanKRiQ - 2:59
6. Intuition : https://youtu.be/ra652iUYHBo - 2:30
7. Digression : https://youtu.be/jv6Q8iOPRJM - 3:05
[ Personnel ]
Lennie Tristano - piano
Lee Konitz - alto saxophone (except 3)
Warne Marsh - tenor saxophone (except 3)
Billy Bauer - guitar
Arnold Fishkin - bass
Harold Granowsky - ds (1-3)
Denzil Best - drums (4, 5)

 マーシュがレコーディングに参加して2回目の1949年5月16日セッションでは、SP盤(シングル盤に相当します)のAB面(4, 5)があっさり録り終えたので、余り時間でトリスターノは曲も決めず、打ち合わせもなしに即興演奏を録音してみようと提言しました。1, 2のような寸分の狂いも許されないような難曲をあっさりこなしたバンドも驚異的ですが、トリスターノの無茶な提案を飲んだのも当時にあっては前例のないことでした。担当エンジニアは録音をスタートさせるとモニター室から逃げ出すのを条件にこの試みを許可しました。その、商業レコード史上初の完全即興演奏(この場合はフリージャズ)が「Intuition」「Digression」の2曲でした。しかもこの曲は1950年初頭にはシングル発売までされています。

 ここまでご紹介してきた全曲は、画像掲載の4CDボックス・セット『Lennie Tristano Intuition』2003で聴くことができます。2003年の段階で音源の所在が判明していたトリスターノの1945年~1952年の全スタジオ、全ライヴ録音が収められており、録音後50年を経過したパブリック・ドメイン音源なので新作1枚程度の価格で4枚組の廉価版ですが、リマスターで音質は向上しデータも最新の調査に整備されており、ジャズ史上の奇蹟とも言うべき内容を誇るものです。SPレコードや10インチLP、編集アルバムや発掘アルバムで各種のレーベルから10枚あまりに分散していたトリスターノの音楽にはこうした集大成となる全集形態こそが望ましいものでした。今回は「Abstraction」1曲のみを引いた1947年12月31日セッションはトリオで6曲、ジョン・ラポータ(クラリネット)を迎えたカルテットで4曲が録音されており、その全貌も同ボックスで聴けます。生前にトリスターノ自身が制作したアルバムは1955年以降リリースの3枚しかなく、初期作品はすべてSPレコード用録音のシングル集だったので、モダン・ジャズ史上最重要ジャズマンなのにこれほど全体像がつかみづらいアーティストはいません。フリー・ジャズは黒人ジャズの発展型として直接にはトリスターノから発展した音楽ではありませんでしたが(セシル・テイラーはピアニストだけあって、トリスターノを意識してスタイルを築いたフリー・ジャズ創始者でした)10年後にフリージャズが台頭してきた時、トリスターノはおれがとっくにやっていた、と不機嫌でもなかったそうです。それは自宅録音を集めた晩年リリースのアルバム『メエルストロムの渦』1977(日本盤原盤)でもわかります。
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Lennie Tristano Trio (private press, 1951)
Recorded at New York, October 30, 1951
1. Pastime : https://youtu.be/_5Z1jtUQOD4 - 3:41
2. Ju-Ju : https://youtu.be/BYEbtC4n-Jc - 2:19
[ Lennie Tristano Trio ]
Lennie Tristano - piano
Peter Ind - bass
Roy Haynes - drums

Lennie Tristano Solo Piano (Overdubbed)
1. Descent into the Maelstrom : https://youtu.be/99UTNVHLgEk - 3:31
Recorded at New York, 1953

 どちらも録音から25年あまりを経たトリスターノ自身による1977年リリースの編集盤『メエルストロムの渦』収録曲で、「Ju-Ju」は古典的スタンダード「Indiana」のコード進行のみを使った完全即興、「Descent Into The Maelstrom」は完全即興に輪をかけてソロ・ピアノを多重録音し、「Intuition」「Digression」以上に通常の調性と拍節を備えた音楽から離れたピアノ音楽になっており、トーン・クラスターを用いた現代音楽作品とも、クール・ジャズ以来のビート感覚を多重録音によるトーン・クラスター技法でサウンド化した実験ともとれます。タイトルはヘンリー・カウエル(1897~1965)のトーン・クラスター作品「The Tides of Manaunaun(マヌナーンの潮流)」1917を暗示しているでしょう。トリスターノのオリジナリティは、かえってジャズの主流から離れた方向に向かってしまっていたとも言えます。なお、トリスターノは全盲の生まれで、バド・パウエルを同時代最高のジャズ・ピアニストと絶賛し、パーカーの葬儀では棺を運び、ビル・エヴァンスを次世代のホープと賞賛しましたが、パウエルが兄事しエヴァンスも尊敬するセロニアス・モンク(1917-1982)を生涯憎悪していました。1950年代後半以降にモンクの真価が認められ名声が定着するのと対照的にトリスターノの存在感は薄まり、ジャズの表舞台から姿を消して行ったのは皮肉なことです。初の12インチ・フルアルバムは事実上トリスターノの半引退宣言になりました。それがアトランティックでの第1作『鬼才トリスターノ(Tristano)』1956でしたが、同作以前にトリスターノのクール・ジャズ・スタイルの実験と確立は一巡していたのです。

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