人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ワパスー Wapassou - サランボー Salammbo D'apres l'oeuvre de Gustave Flaubert. (Crypto, 1977)

ワパスー - サランボー (Crypto, 1978)

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ワパスー Wapassou - サランボー Salammbo D'apres l'oeuvre de Gustave Flaubert. (Crypto, 1977) Full Album : https://youtu.be/B59Fz1Uzsp4 : https://youtu.be/JUCmEyPtsuY
Recorded at Studio 16 d'Antibes, Septembre 1977.
Released by Disques RCA / Crypto ZAL 6437, 1977
Recording Engendered by Fernand Landmann
Produced by Jean-Claude Pognant
Composed by Freddy Brua

(Face 1)

A1. サランボー・パート1 Salammbo (1re partie) - 18:04

(Face 2)

B1. サランボー・パート2 Salammbo (2e partie) - 19:05

[ Wapassou ]

Freddy Brua - claviers
Karin Nickerl - guitares et basse
Jacques Lichti - violon
et.
Monique Fizelson, Jean-Pierre Massiera - chant

(Original Crypto "Salammbo" LP Liner Cover & Face 1 Label)

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 ワパスーのサード・アルバムの本作は前作『ミサ・ニ短調(Messe en re mineur)』に続くクリプト・レーベル三部作の2作目で、クリプトはアンジュのマネジメントで成功したジャン=クロード・ポニャンが設立したインディー・レーベルでしたが、前作はワーナー=WEA・レコーズから配給され、本作と三部作最後の『ルートヴィッヒ2世(Ludwig, un roi pour l'eternite)』1979はRCA=ヴィクター・レコーズからの配給になりました。クリプトはカルペ・ディエム、アトランティーデ、アンジュ・フォロワーのモナ・リザなどのアルバムもリリースしていましたが、フランスでは英米スタイルのサイケデリック・ロックハード・ロックプログレッシヴ・ロックの国産バンドはドイツやイタリアよりやや遅れてデビューしたとはいえ、また所属・制作はインディー・レーベルだったとはいえ、よくワパスーのような非商業的音楽性のバンドがメジャー流通に乗ったものです。ワパスーはストラスブールで1972年に結成され、1974年に自主制作盤でデビューしたバンドで、クリプト・レーベルでの三部作のうち最初の『ミサ・ニ短調』1976と『ルートヴィッヒ2世』1979は年代は確かなのですが、本作は1977年発売説と1978年発売説の2通りがあり、ジャケットのデータ欄には1977年9月録音、著作登録1977年とありますから原盤完成と著作権登録、ジャケットとLPのプレスは1977年内に終わっていたとしても市場に流通したのは翌1978年初頭だったので各種媒体で1977年説と1978年説の2説にデータが分かれたと思われます。『ミサ・ニ短調』の録音が1976年7月、本作が1977年9月録音、次作『ルートヴィッヒ2世』の録音が1978年11月ですから『ミサ・ニ短調』は1976年晩秋、『ルートヴィッヒ2世』は1979年早春で妥当として、9月録音の本作のリリースが年内だったか年をまたいだかは微妙ですが、ぎりぎりクリスマス・シーズンまでには間に合わせた可能性も高いので今回は一応1977年発売説を採っておきました。

 本作は『ギュスターヴ・フローベールの作品より』と原題の副題にある通り、19世紀のフランス小説家フローベール(1821-1880)の、『ボヴァリー夫人』1857に続く第2長編小説『サランボー』1862のイメージ・アルバムを想定して制作されたものです。フローベールは生涯に長編小説5作(最終作は未完)、短編小説集1冊しか書かなかった寡作家でしたが、1行書くのに1日考えるというほど彫心鏤骨の文学者で、小説6冊がすべて異なる作風・題材という身を削るようなタイプの作家でした。社会小説的なリアリズムの不倫小説『ボヴァリー夫人』の次作に当たる『サランボー』は古代カルタゴの戦争と巫女の運命を精密な歴史考証によって描いた大歴史ロマンで、これは日本では大正2年(1913年)にニーチェ全集の翻訳者・生田長江によって口語と文語を混淆した凝った苦心の翻訳で刊行され、横光利一出世作となった邪馬台国卑弥呼の物語「日輪」(大正12年=1923年)に題材・文体とも直接の影響源になりました。

 そんな大層な長編小説をモチーフにしたプログレッシヴ・ロックのトータル・アルバムというとさぞ大仰なものが予想されますが、本作はA面のパート1冒頭、B面のパート2冒頭に男声による短いテキスト朗読とSEが入るだけで、特にダイナミックな楽章構成も感じさせないキーボード、ヴァイオリン、ギターによるアンサンブルが淡々と演奏され、各種楽器をフィーチャーしたパートが代わるがわる現れ、時おり女声スキャットのパートや男声ヴォイスのかけ声が入る、といった程度です。イギリスのジェスロ・タルジェネシスを起源としたプログレッシヴ・ロックの流派はシアトリアル(演劇的)・ロックと呼ばれることもあり、カトリーヌ・リベロ+アルプやアンジュなどはタルやジェネシスとは独自にフランスならではのシアトリアル・スタイルを築いていました。それはリベロ+アルプやアンジュが強力な強力なヴォーカリストをフィーチャーしたバンドだったからですが、ワパスーの場合はヴォーカルはあくまでゲストでしかなく、クリプト三部作では歌詞すらほとんどありません。本作では歌詞が歌われるのはパート2の6分~7分台だけです。ワパスーがシアトリアルだとしてもほとんどサイレント映画かパントマイム的なもので、能楽のようにスローな所作が浮かんでくるくらいのものです。前作『ミサ・ニ短調』よりは多少ダイナミズムを意識した構成が見られますが、それはワパスーの作品同士の比較であって一般的なロック、ポップスの基準ではこれほどつかみどころのない、しかもロック作品として意図されたアルバムはないでしょう。今ならアニメのサウンドトラックのような、という言い方もできますが、ワパスーの活動していた時代のアニメや映画のサウンドトラックはもっとゴージャスで、ポップスやジャズ、ロックのキャッチーな側面を思いきり強調したようなものでした。ドイツにヴェルナー・ヘルツォーク映画の専属サウンドトラックだったバンド、ポポル・ヴーという存在がいましたが、ワパスーにいちばん近いのはおそらくポポル・ヴーをおいて他にないでしょう。

 ワパスーのクリプト三部作をひと通り聴くと、1作ごとに音色や断章的な楽想が多彩になっていき、『ルートヴィッヒ2世』で行くところまで行った感が強いのですが、実は『ルートヴィッヒ2世』の冒頭テーマ(モチーフ)も本作のパート2の8分40秒から2分に渡ってすでに出てきているのに気づきます。本作ではその直後、10分40秒から2分に渡ってクライマックスとも呼べる展開があるので独立した楽章という感じがせず、またアンサンブルの担当楽器の割り振りやアレンジもまったく違うので本作と『ルートヴィッヒ2世』を1回聴いただけではわからないくらいですが、このパート2の8分40秒からの2分のモチーフは『ルートヴィッヒ2世』の冒頭テーマでは空前絶後の突拍子もないアープ・シンセサイザーの音色で奏でられます。フランスのバンドはおしなべてキーボードの音色が独特で、オルガンひとつ取ってもハモンドオルガンを使用しているバンドはほとんどなく、ヴォックス・オルガンかファルファッサ・オルガンをさらに霞のかかったようなフィルター処理とエフェクトをかけて霧笛のような音色で録音しており、リスナーの共感覚を惑わすようないかれた音色ばかりなのですが、ムーグ・シンセサイザーやアープ・シンセサイザーの使用法も酩酊感極まりない音色とフレーズが見られ、『ルートヴィッヒ2世』ではそれが常軌を逸した域にまで達しています。唯一前例があるとすればサン・ラのアープ・シンセサイザーの音色使用法なのですが、それを言えばフランスは世界に先駆けてサン・ラの変態ジャズを受け入れた国でした。ワパスーは全曲の作曲を手がけるキーボード奏者フレディ・ブレアのバンドと言ってよいでしょうが、ヴァイオリンのジャック・リュシュティ、女性ギタリストのカラン・ニッケルばかりかブレアのキーボードも他のバンドではまず通用しない、演奏力では稚拙も稚拙なメンバー揃いのバンドながら、それがワパスーというバンド・コンセプトの最良の部分ではドイツの鬼才フローリアン・フリッケ率いるポポル・ヴーに匹敵するものになっており、いわゆる歌や楽器演奏の上手い下手ではない純粋なセンスによってのみ成立するロックならでは通用する音楽として成功しています。ワパスーの同郷ストラスブールの19世紀画家ギュスターヴ・ドレ(1832-1883)の戦争画を使っても位負けしないばかりかフローベールの大長編小説、ドレの戦争画をともに配した表題音楽の趣きがあり、では表題音楽的なロックというのが他にあるかと言えばやはりポポル・ヴーのような例外的存在を除いてそうそうあるものではありません。ワパスーは習作的な自主制作盤を除くとクリプト三部作に尽きているバンドですが、ワパスーの個性はポポル・ヴーとも違うので、他に代えのきかない三部作を残したというだけでもこれはあなどれない音楽です。打ち込みでこれができるという方がいれば、ゼロからこれが創れるか耳を澄ましてみてください。