人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

エルモ・ホープ・セクステット Elmo Hope Sextet - インフォーマル・ジャズ Informal Jazz (Prestige, 1956)

エルモ・ホープ - インフォーマル・ジャズ (Prestige, 1956)

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エルモ・ホープセクステット Elmo Hope Sextet - インフォーマル・ジャズ Informal Jazz (Prestige, 1956) Full Album : https://youtu.be/tPGO4xTPFTY
Recorded at The Van Gelder Studio in Hackensack, NJ, May 7, 1956
Released by Prestige Records PRLP7043, 1956

(Side A)

A1. Weeja (Elmo Hope) - 11:00
A2. Polka Dots and Moonbeams (Jimmy Van Heusen, Johnny Burke) - 8:31

(Side B)

B1. On It (Elmo Hope) - 8:58
B2. Avalon (Al Jolson, Buddy DeSylva, Vincent Rose) - 9:37

[ Elmo Hope Sextet ]

Elmo Hope - piano
Donald Byrd - trumpet
John Coltrane, Hank Mobley - tenor saxophone
Paul Chambers - bass
Philly Joe Jones - drums

(Original Prestige "" LP Liner Cover & Side A Label)

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 エルモ・ホープのリーダー作ではこのアルバムがいちばん聴かれて(売れて)いるのは確かです。その理由は後で述べるが、これは『New Faces New Sounds : Elmo Hope Trio』(Blue Note, 1953)、『Elmo Hope Quintet Vol.2』(Blue Note, 1954)、『Meditations』(Prestige, 1955)、『Hope Meets Foster』(Prestige, 1957、録音は本作より先)に続く第5作で、このアルバムの録音直前にはプレスティッジのジーン・アモンズ(テナーサックス)のアルバムのレコーディングをすっぽかす失態があり、さらにニューヨークのミュージシャン組合からクラブ出演許可を禁じられたのが1956年のエルモ・ホープでした。翌1957年にはロサンゼルスに移住するも仕事には恵まれず、1959年にようやく第6作『Elmo Hope Trio』(Hi-Fi Jazz, 1959)を録音、同地で知りあった新夫人と赤ちゃんの出生を待ってニューヨークに戻ったのが1961年春のことでした。前回ご紹介したのが『Hope Meets Foster』(Prestige, 1957)までになります。ブルー・ノートのトリオとクインテットホープは最初のホープのピークと言えるもので、18曲中オリジナル曲15曲の鮮烈さはセロニアス・モンクバド・パウエルからずっと遅れてデビューした不遇を吹き飛ばすようなものでした。

 モンク、パウエルと較べてホープの作曲の特徴は安定した作風、コード進行と小節構成のオリジナリティの高さにありました。モンクのリズム構造は独創的でしたが、その分小節構成はほとんどAABA形式かブルースに限定されています。パウエルの作曲は出来不出来に激しいムラがありました。白人バップ・ピアニストのレニー・トリスターノは独創的なアンサンブルを早くから実践していましたが、コード進行と小節構成はビ・バップ流に既成曲を踏襲する姿勢を崩しませんでした。その点ホープの『Elmo Hope Quintet Vol.2』の完成度は、管楽器入り編成を生涯不得意としたパウエル、管楽器入り編成をこなすのは1956年~1958年までかかったモンクを1954年の時点では抜いており、トリスターノが1949年に達成したアンサンブルに対抗しうる黒人バップを実現してみせたものでした。ですがそれも、数か月先に鳴り物入りで録音されたアート・ブレイキークインテットの『A Night at Birdland』の評判の陰でほとんど注目されなかったのです。そのブレイキー・クインテットは、ホープが参加していたバンドからホープとドラムスのフィリー・ジョー・ジョーンズを外してブレイキーがバンドを乗っ取り、ピアノ2はホレス・シルヴァーを加入させたものでした。

 ホープの管楽器入り編成での手腕は『Elmo Hope Quintet, Vol.2』ですでに鮮やかな成果を見せていたしたが、その後も優れた管入りアルバムがあるかというと、企画に問題があるというか、どうも決まって中途半端なものになっています。全曲クインテットなりセクステットに統一し、入れるとしてもピアノ・トリオ曲は1、2曲程度にすれば良いものを、『Hope Meets Foster』ではクインテット3曲・カルテット3曲、のちの『Homecoming』1961ではセクステット3曲・トリオ4曲、『Sounds From Rikers Island』1963ではセクステット6曲(うち2曲ヴォーカル入り)・カルテット1曲・トリオ2曲と、管楽器入り編成のアレンジとピアノ・トリオ曲ではムードが一変してしまうのがホープのリーダーシップの弱さでした。セロニアス・モンクがカルテットを標準編成にしたあと、ソロ・ピアノ曲をさりげなく披露してカルテットのムードとも上手く溶け込ませているのとは大違いで、また時おりパウエルが管楽器と共演して普段のパウエルと全然変わらない(管楽器など眼中にない)演奏を残しているのて比較すると、器の差を感じないではいられません。トリスターノが自分がリーダー以外の管楽器との共演をしなかったのと較べては不当ですが、ホープはサイドマン参加作では本当に影が薄いピアニストでした。初期のクリフォード・ブラウンルー・ドナルドソン、ロサンゼルス時代のハロルド・ランドのようにホープのオリジナル曲を取り上げてくれるホーン奏者のセッションはともかく、ホープ参加の(ホープが)ぱっとしないアルバムではソニー・ロリンズの『Moving Out』やジャッキー・マクリーンの『Lights Out!』がすぐ思い浮かびますが、隣の部屋でピアノを弾いているような音量で自信なさそうな頼りない演奏をしています。これもモンクやパウエルには滅多にないことでしたが(モンクやパウエルは堂々と混乱することはありましたが)、実はこの『Informal Jazz』もそういうアルバムの1枚になっています。これはおそらくプレスティッジへの契約満了のための会社企画で、定冠詞なしのエルモ・ホープセクステットなのは当然アルバム制作のための臨時召集メンバーで、ライヴ実績もあるレギュラー・バンドではないからです。ホープがリーダーになってはいますが、ジャム・セッションのセッション・マスター程度の役割しかしていません。ですが参加メンバーの顔ぶれで、このアルバムはホープのアルバム中もっとも知られ、今なおホープのアルバムでは唯一広く聴かれている作品になりました。

 というのは、これはジョン・コルトレーンのプレスティッジ契約第1回録音で(マイルス・デイヴィスクインテットのメンバーとしては前年に録音がありました)、しかもベースとドラムスはマイルス・クインテットポール・チェンバースフィリー・ジョー・ジョーンズ、トランペットともうひとりのテナーはジャズ・メッセンジャーズ在籍中のドナルド・バードハンク・モブレーというオールスター・セッションだったからになります。オールスターの中に一人だけスターではないメンバーがいます。エルモ・ホープさんです。ジョー・モリス楽団やブラウン&ドナルドソン・クインテットもそうでしたが、一人だけ出世しなかった人がいます。エルモ・ホープに他なリません。1969年にこのアルバムが新装発売された時にはジョン・コルトレーンハンク・モブレー名義の『Two Tenors』というタイトルにされたほどです。その後の再発でもこのアルバムとホープの1961年作品『Homecoming』(ジミー・ヒース、ブルー・ミッチェル参加)をカップリングした2枚組『The All-Star Sessions』としてノン・リーダーのオールスター・アルバムに見せかけるなど、ホープのアルバムではなくサイドマンの知名度で売る方が良しとするのがインディー作品となれば厳然たる事実でもありました。内容がともなえばそれも良いでしょう。

 残念なのは、ロリンズやマクリーンのアルバム同様コルトレーン、またはモブレー、バード、チェンバースやフィリー・ジョーのファンが目当てのジャズマンから『Informal Jazz』を購入して聴いても、損したとまでは思わなくても他のエルモ・ホープのアルバムに手を延ばすとはとても思えないことでしょう。ホープ名義のアルバムなのに肝心のホープがまるで生彩を欠いています。内容は10分前後の曲がAB面に2曲ずつ全4曲、2曲はホープのオリジナル曲で2曲はスタンダードなのですが、オリジナル曲は全部ブルースだった前作『Hope Meets Foster』に続いてホープのオリジナルに冴えがありません。というより、プレスティッジの場合は管楽器3人のセクステットでリハーサルや細かいアレンジもなしにヘッド・アレンジで演奏できる曲が条件ですから、たぶんホープが指示してワンコーラスまわしてみて、はい次本番、程度の手順しかかけていないと思われます。『Elmo Hope Quintet, Vol.2』のレヴェルのオリジナリティのある曲となると入念なリハーサルが必要な上に1テイクでは済みませんし、アドリブも長くはなりませんから曲数を増やさないとアルバム1枚になりません。それでは1セッションで上がらないので、早い話がホープがレーベルの企画に妥協したアルバムが本作です。こういう弱味もホープをモンク、パウエル、トリスターノより一段下にしています。人間味があっていいではないかとも思えますが、それは贔屓目に見ればの話ですから公正ではないでしょう。

 オープニング曲が始まると、いきなりマイルスの『Dig』1951が始まったんじゃないかと思いますが、つまりバック・リフをいただいている元ネタの曲がマイルスのこれになります。
Miles Davis - Denial (from Prestige "Dig" 1951) : https://youtu.be/eVPRPqJAOdY
 ですが実はマイルスのこの曲はパーカーのオリジナル曲のコード進行から改作したもので、1946年2月のセッションをパーカーがすっぽかしたためパーカー抜きでディジー・ガレスピーが録音したのが最初のヴァージョンでした。パーカーのライヴでは早くから定番曲でしたが、パーカー自身によるスタジオ録音は『Dig』より後の、晩年近いこれしかありません。
Charlie Parker - Confirmation (from Verve "Now's the Time" 1953) : https://youtu.be/qHFSoE-3t-o

 この曲はスタンダード「There Will Never Be Another You」(AA'32bars)を圧縮してAに、同じくスタンダード「Perdido」のコード進行(逆循)をBにしたAA'BA'32bars ; Key=Fというもので、ビ・バップのジャズマンなら基本中の基本になるコード進行です。本作の場合、ドナルド・バードのトランペットの先発ソロが終わると、先に2コーラスのソロをとるのがモブレー、次に2コーラスのソロがコルトレーンなのを聴き分ければ、後はモブレーとコルトレーンの両テナーの違いを楽しみに聴けます。サブトーンを含んだブルージーな音色がモブレー、切れの鋭い金属的な音色がコルトレーンで、フレーズも音色を反映した対照的なものになっています。最初は全4曲詳しく構成やソロ順を解説するつもりでしたが、そこまでしなくても良かろうと、スタンダード2曲ではA2は原曲通りバラッド、B2はアップテンポでリズム・ブレイクが設けてあるなどそれなりの工夫を認められます。B1はホープのオリジナル・ブルースで、それにしても管楽器が引っ込んでピアノ・トリオだけのピアノ・ソロになると音が遠くて小さいのには情けなくなります。ブラウン&ドナルドソン・クインテットでは積極的に、フランク・フォスターとのクインテットではそれなりに自己主張のあったホープのピアノが、今回はやる気がないわけではなかったでしょうが、ピアノが目だつのを遠慮しているような演奏です。ホープのピアノは歯切れが良くないという悪評がありますが、このアルバムのプレイでは偏見を招いても仕方がありません。もしコルトレーンが参加せずバードとモブレーだけの2管クインテットだったら、チェンバースとフィリー・ジョーの参加はあっても他のホープのアルバムと同じく基本は廃盤、時たま限定再発されるだけのアイテムになったでしょう。本作はコルトレーンの参加だけでホープのアルバムではもっとも入手しやすいロングセラー・アルバムになっています。それもまたホープの再評価の防げになっているかもしれないと思うと、複雑な思いがしてきます。