人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

降る雪やプロコル・ハルムの「青い影」

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プロコル・ハルム Procol Harum - 青い影 A Winte Shade Of Pale (Deram/, May 1967) : https://youtu.be/z0vCwGUZe1I

 下七五が決まった俳句でもっとも有名なものには中村草田男(1901-1983)の「降る雪や明治は遠くなりにけり」(昭和6年=1931年)がありますが、一転して「バンド名込みで上五をつければ俳句になるタイトル」として冗談のネタにされるのが1967年イギリスのNo.1ヒット(全米最高位5位、ヨーロッパ諸国・南米のほとんどでトップ3ヒット)、「プロコル・ハルムの『青い影』」でございます。特に'60年代ポップスに興味などない方でも何らかの機会にお聴きになったことがあるでしょう。日本でもユーロビート以前のディスコ(死語に近いですが)ではチーク・タイム(これも死語)の定番曲だったそうで、有名曲で誰でも知ってるのに歌メロはR&Bなのでタイトルの部分しか歌えないことでも有名な曲です。ちなみに「青い影」とは名邦題で、「Shade Of Pale」とはかすれた影、おぼろげな影、うっすらとした影というのが正確だそうですから「青い影」と決めたのは日本のレコード会社のセンスでした。もっともプロコル・ハルムに先立って日本の誇るブルー・コメッツが「青い瞳」「ブルー・シャトウ」を始めとする、バンド名にひっかけた「青い」シリーズを連発していたので、いかにも'60年代ポップス界らしい邦題のつけ方という気もします。またタイトル通りこれは冬の憂鬱を歌った曲で、ジョン・レノンが「生涯でベスト3に入る好きな曲」とまで発言したこと(ジョンのことだから後で撤回したかもしれませんが)でも知られます。

 歌メロがトーキング・ブルース調の「歌えない」ものなのにキャッチャーで大ヒットしたのは特徴的なオルガンで、これはオルガン奏者のマシュー・フィッシャーがバッハの『管弦楽組曲第3番「G線上のアリア」』から引用したものでした。18世紀初頭の曲ですから著作権上の問題はありません。プロコル・ハルムはこの曲がデビュー曲で、同年デビューのピンク・フロイドやザ・ナイス、メンバー・チェンジして再デビューのムーディー・ブルースと並んでイギリスのサイケデリック・ロックプログレッシヴ・ロックの開祖とされることになりました。ただしプロコル・ハルムの場合はリード・ヴォーカルでピアノ、作曲を手がけるゲイリー・ブルッカーと専属作詞家のキース・リードのみが発足当時のメンバーで、セッション・メンバーのオルガン奏者マシュー・フィッシャーはこの曲が大ヒットしたことから正式にメンバーに加わり(のちに脱退)、アルバム制作が始まってからメンバーが招集された「作られたバンド」でした。日本でも渋好みのファンの多いバンドでしたが、日本公演の際にブルッカーがMCで「日本人には歌詞などわかるまい!」と発言したことから嫌いになったファンも多いと言われます。

 バッハのフーガの引用は他のバンドにも「クラシック楽曲の引用」として影響を与え、のちにフィッシャーとブルッカーの間でどちらがこのアイディアを出したか著作権訴訟にもなりましたが、「青い影」など誰がやっても同じとインストルメンタル・ヴァージョンでこの曲のパロディをやったのが、ブリティッシュ・ロック界きってのドラマー、ジョン・ハイズマンの結成したジャズ・ロック・バンド「コロシアム」のデビュー・アルバムに収録されています。もちろんコロシアムのオリジナル曲としてです。それがこれ、タイトルからして「青い影」をおちょくった「ビーウェア・ザ・アイデス・オブ・マーチ(Beware the Idea of March)」です。
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コロシアム Colosseum - ビーウェア・ザ・アイデス・オブ・マーチ Beware the Idea of March (From the album "Those Who Are About to Die Salute You", Fontana, May 1969) : https://youtu.be/Hj-eRjEMVwk

 しかし「青い影」を下敷きにした曲で、はっきり「青い影」を元ネタにしたとわかりながら、美しいメロディーと歌詞で日本語ロックの名曲となったのはザ・ハプニングス・フォーのデビュー曲「あなたが欲しい」でしょう。もともと博多のジャズ・クラブのピアノ・トリオがグループ・サウンズ・ブームに乗ってヴォーカリストを入れてロック化したというギターレスのキーボード・バンドですが、作詞作曲編曲を手がけるキーボード奏者・クニ河内氏の才能とぺぺ吉弘・チト河内氏の優れたベースとドラムス、バンドボーイから抜擢されたというトメ北川さんのソウルフルなヴォーカルで、「青い影」を下敷きにしながら独自の立派な日本語ロックの創造に成功したこの名曲は、「青い影」のリリースからわずか半年で日本からプロコル・ハルムに応えたアンサー・ソングでもあり、昭和42年(1967年)にこんな日本のロックがあったという歴史的な楽曲です。ロック・バンドでありながらギターレス・トリオという楽器編成はザ・ナイスより先駆けています。「青い影」から2年後のコロシアムのパロディよりもはるかに優れたこの曲を、ぜひお聴きください。なお'60年代ポップスの冬の曲といえばサイモン&ガーファンクルの「冬の散歩道(A Hazy Shade of Winter)」(1966年10月)も落とせませんが、それはまた今度。
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ザ・ハプニングス・フォー - あなたが欲しい (東芝Express/Capitol, November 1967) : https://youtu.be/hIQd3dX6dVA