人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

大岡信「マリリン」

 今回は大岡信(1931~)の「マリリン」(62)をご紹介。モンローの急逝は62年8月5日、収録詩集「わが詩と真実」は同年12月1日の奥付を持つ。欠点がないのが欠点、と言いたくなるような佳作だろう。第3連にやや無理があるが、最後の3行が洗い流す。ご一読ください。


そこからフィルムが
あらためて逆転してくる


*

彼女の眼の放物線は
もう夢の結晶する森にとどかない
霧のような死の炎がベッドを乗せて運ぶさきには
優しい白い象が待っているのか
閉ざされた船の窓が待っているのか
体じゅうの毛をおとなしくそよがせて
彼女は暗い鏡の上に
洗濯板となって横たわる
鏡の底に
メスが突立つ

だが魂の真実は
メスではさわれない

*

歴史の透明なサングラスの下では
八月の灼けつく丘は
すべてカルヴァリオの丘であろう
マリリンに茨のありかをきくな
……
君たちは
自伝の中にしるすな
マリリンの名を
彼女の死の中に
君らのすべては
すでに書かれている

*

いまは
ひとしずくの涙だけが
すべてを語りうる時代だ
裸かの死体が語る言葉を
そよぐ毛髪ほどにも正確に
語りうる文字はないだろう
文字は死の上澄みをすくって
ぷるぷる震える詩のプリンを作るだけだ

*

彼女の両眼は陥没し
湖水となる
……
見渡すかぎり水面を覆い
ただよっている
フィルムの屑
その散乱する乱反射が
血友病のハリウッドを
夜空に浮かびあがらせる

ほんとうの血を流して死ぬには
はだかで横たわらねばならなかった

*

マリリン
君の魂は世界よりも騒がしく不安で
エビのひげより臆病で
世の女たちの鑑だった
……
君が眠りと眼覚めのあわいで
大きな回転ドアに入ったきり
二度と姿を見せないので
ドアのむこうとこちらとで
とてもたくさんの鬼ごっこが流行った
とてもたくさんの鬼ごっこが流行ったので
君はほんとに優しい鬼になってしまい
二度と姿を見せることが
できなくなった
そしてすべての詩は蒼ざめ
すべての涙もろい国は
蒼白な村になって
ひそかに窓を濡らさねばならなかった

*

マリリン
マリーン

ブルー