人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

燕の巣

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これまで気がつかなかった。ぼくが気づいた時には親鳥が餌を与え終えてふたたび飛び立つところだった。子供の頃住んでいた父の勤務先の社宅にも毎年必ずやって来る燕の巣が軒下にあったので、燕には親しみを感じている。駅前の銀行の出入口の庇にも堂々と燕が巣をつくっているから(元社宅にはもうあるまい)、これで近所に2軒の燕の巣を見つけた。

「燕」というと伊東静雄に見事な詩がある。生涯伊東静雄の詩の賛美者だった三島由紀夫が、中でもとりわけ愛唱する一篇、ほとんど新古今和歌集の美意識に近い、と言っている。
ひょっとしたら、と発表年度を確かめてみた。昭和14年7月。日中戦争開戦から2年、半年後には大平洋戦争開戦。「遠くモルッカの/ニュウギニアの/なお遥かなる/彼方の空より/来たりしもの/…/ああ/いまこの国に/到り着きし/最初の燕ぞ/鳴く」
戦時下で唯美主義的なこの詩人が燕の到来になにを見たか、わかるような気がする。戦争があろうとなかろうと、このさき人の世がどうなろうと、この国に燕はやって来る。

三島由紀夫伊東静雄の因縁も面白いもので、三島は学生時代から伊東の崇拝者だった。作家デビューしてからも好きな詩人=伊東静雄と必ず名前を挙げた。
一方、伊東静雄は対面した印象からも作品からも三島を野心家の俗人と見て、公言してはばからなかった。当然三島の耳にも入る。
伊東の死後、三島は恨みを爆発させたエッセイを書く。あんな平凡な中学教師で生涯を終えた人物が、どうしてあれだけの詩をものし得たのだろう?
それから三島の自己演出はお茶の間向けに転回することになる。名門子女との結婚、イベント的新婚旅行、子息誕生、ボディービル、映画主演…。

燕の写真はもっと寄って撮りたかったが、手をのばしてズームしてもこれが限界だった。携帯を近づけると怖がってチーチー鳴くのでタテ・ヨコ1枚ずつ撮ってよしとした。パニックで巣から落ちたりしたら大変だ。子供の燕は見当、5、6羽いた。これから夏のあいだずっといるのだ。