20世紀ギリシャの巨匠、コンスタンティノス・カヴァフィス(1863.4.29-1933.4.29)は40すぎから詩作を始めた遅咲きの詩人。詩集も生前には出されず、没後の1936年に初めて全詩集が刊行された。「夷狄(いてき・バルバロイ=蛮族)を待ちながら」は特によく引例される一篇で、ギリシャの故事を題材にしている。類似の故事は世界各地にあり、この詩の強味=普遍性を物語る。
「夷狄を待ちながら」
何を待つのです、広場に集まって?
-夷狄が今日到着するのです。
元老院の沈黙はなぜ?
立法もせず議員が座りこんでいるのはなぜ?
-夷狄が今日到着するからです。
-その上議員に立法などできますか?
-夷狄が来れば夷狄が立法するでしょう。
皇帝はなぜこんなに早起きし
市の城門の傍らの玉座にのぼり
威厳を正して王冠を戴いておいでなのですか?
-夷狄が今日到着するからです
-皇帝は夷狄の王をお迎えに
お待ちなのです。その王に贈る
-幾多の称号や肩書を記した
-巻物までご用意して。
なぜ今日は執政宦と大法宦が
刺繍した緋の衣を着ているのですか?
なぜルビーを嵌めた腕輪をして
燐々と瑪瑙の指環をはめているのですか?
なぜ今日は金銀の象嵌をほどこした
高価な杖をついているのですか?
-夷狄が今日到着するからです。
-そういう物で夷狄の目を眩ますのです。
なぜ有能な弁論家が演説に来ないのですか、
いつものように、言いたいことを言いに?
-夷狄が今日到着するからです。
-夷狄は雄弁や演説がきらいです。
この突然の不安と混乱はなぜですか?
(みんな神妙な顔をして)
街からいっせいに人影が消えて
みんな思案げに帰宅を急ぐのはなぜですか?
-夜になっても夷狄がこなかったからです。
-辺境から戻った人々は
-もう夷狄など存在しないと言っています。
さて夷狄などいないとなると
ぼくらはいったいどうなるのだろう?
夷狄はひとつの解決だったのに