YouTubeは重宝なもので、ラヴ以前にリーがマイナー・レーベルから発表したLee's American Fourのシングル(1964)や第六作'False Start'(1970)と同時期録音のジミ・ヘンドリックスとラヴの幻のお蔵入りコラボレーション・アルバムがテスト・プレスのジャケットつきで聴けた。
アマチュア時代のシングルはB級グループ・サウンズみたいでショボかった。ビートルズの全米ブレイクに便乗した急造グループだったのだろう。
ジミ・ヘンドリックスとの共作アルバムは適当にジミとリーの2ショット写真(親友だったそうだし「ファルス・スタート」に1曲参加は事実)をジャケットに使った捏造の、ラヴ単独のジャムセッションと見た。ラヴはちょうどギタリストをもうひとり増員したところだから、この垂れ流しジャムのリード・ギタリストはその新入りと思われる。
前回はサード・アルバムまで掲載したから、今回は4,5,6作目のアルバムを図版に掲げた。上から、
●「フォー・セイル」('Four Sail'8/69:#102)
●「アウト・ヒア」('Out Here'12/69:#176)
●「ファルス・スタート」('False Start'12/70:#184)
となる。メンバー全員がドラッグ所持で逮捕されたので、リーはラヴ結成以前のメンバーを集めて新生ラヴとして「フォー・セイル」を制作するが、リーの曲創りやヴォーカルは変りないのにフォーク・ロックのラヴからハード・ロックのラヴになってしまった。ラヴの名作は前回掲載の初期3作、といってよい。
ラヴはニューヨークのフォーク・レーベル、エレクトラのロック部門第一弾アーティストだった。ビーチ・ボーイズ、ザ・バーズが全国区になった後はラヴとフランク・ザッパ&マザーズがロサンジェルスのトップ・バンドで、エレクトラはラヴを取り、ラヴの成功からロック部門の拡張を図り第二弾アーティストとしてザ・ドアーズをデビューさせる。その反響はラヴの存在を霞ませるほどだった。アルバムはどれもトップ10内、さらにシングルもNo.1ヒットが続く。
ラヴのアルバムはイギリスでも好評で、イギリス公演のオファーもあったが、ラヴは国内ツアーすら拒んだ。一方ザ・ドアーズは精力的に国内外公演を行い、テレビ出演も頻繁だった。明暗を分けた理由はそれだけだろうか?