人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

西脇順三郎『体裁のいい景色』4

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これまで解説した通り西脇順三郎萩原朔太郎だけを日本の詩人として尊敬し、萩原の後継者を自認した。だから萩原のもうひとりの弟子・三好達治の詩を認めなかった。萩原の尊敬する前世代の蒲原有明北原白秋も眼中になかった。同年代の詩人たちとはだいたい親しく、草野心平主宰の「歴程」の詩人たちとは特に認めあっていたが、「歴程」の信奉する高村光太郎ははっきりと否定した。萩原は○、高村は×、それが西脇の評価だった。

『体裁のいい景色(人間時代の遺留品)』

(22)
蒸し暑い朝の十時頃路端の草の上に
腰かけて女優の絵葉書を五、六百枚位懐から出すことは
大体に於て崇高なる魔術師である

(23)
薄弱なる頭髪を有する男の人物が
モミジの樹に小さいセミが付着しているのを
聴いている
なんと幸福なる緑の弊害である

(24)
真赤なクツシタを穿いてブラブラ散歩に出たけれども
公園に廻り我が余りに清きクツシタをはきかえる
其の崇厳なる音楽

(25)
カイロの街で知合になった
一名のドクトル・メジキネと共に
シカモーの並木をウロウロとして
昨夜噴水のあまりにヤカマシきため睡眠不足を
来せしを悲しみ合った
ピラミッドによりかかり我等は
世界中で最も美しき黎明の中にねむり込む
その間ラクダ使は銀貨の音響に興奮する
なんと柔軟にして滑らかなる現実であるよ

(26)
古い帽子の内面を淋しがるようじぁ
駄目だ まだ精密でない
ツクシンボウの中で精霊の夢をみんとして
寒暖計の水銀球を愛するのである
何んにつけても
愛らしき春が革靴の下で鳴るのである

(27)
牧場の様にこと程そんなに質素な庭に
貿易風が吹く頃は
尖んがった頭蓋骨と顎が
整列する
こんなものはおれの兵隊には不適切である
又彼等はおれの軍楽隊に入って貰うには
余りにムラサキのヒゲがある
それから第一に彼等はメロンが好きでないから困る

(28)
女性的にクニャクニャした空を
菩提樹が足をハリ上げて蹴る強烈なる正午に
若き猶太人をのせた自動車が
凱旋門を通過し伊太利料理へと進行す
キャンティよ汝は…
(「三田文学」1926年11月)