人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(17)詩人氷見敦子・立中潤

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

立中潤遺稿詩集から最後の一篇をご紹介する。4篇からなる連作で、冒頭の『墓地にて』1~3は略したが『朝の歌』『化石の森』は引用した。残るは立中潤生涯の本当に最後の一篇。散文詩『十月』の姉妹作なのはすぐにわかる。

『幼年論』
1
きみの生存が厚い皮膚から内側にはじきかえされたのはいつのことだ
きみの皮膚が冷風に敏感に震えだしたのはいつの日からか
やわらかな胸の襞にひっかかっていた未知の幼星が
いつともなくつぶれていったときから
きみはこの世界の柵のなかに冷えた居住権をもたされる
世界の黄臭い液汁がきみの体液に一挙に侵入してくる
(…)

銀糸のようにながれ
きみから喪われることない幼年の日々よ
保護膜におおわれた細流から浸み出し
きみの現在を強く撃ちに来るものは何だ
きみの無言へ流れついている闇 幼年の闇よ
*
2
ざらざらした砂はそのままきみの指の音になる
肌に食い込む砂にきみの疑問の舌は深く沈められて無言のままだ
海はねばりついた塩となってきみの皮膚にまとわり
木の子の菌糸はきみの肉にくっきりと生命の湿原を匂わせていた
きみの産卵するものはすべて生きた息吹きに温んでいたはずなのに
きみの顔面の裏側にはすでに無機の凝り固ったひびが幾本も押し寄せていたのか
(…)

きみは決して溶けることない氷凍であれ!
現在が凍てついてしまえば
きみの幼年もそのまま氷漬けになる
屈従の生にうもれた陰のままでいられる
*
3
(…)
もう帰るところも喪うものもない
きみがこのように生きており生きてゆくかぎり
世界はきみを踏みつぶしにくる固い性器の恋人だ
あからさまな裸形に向きあったとき
きみは彼女と死の約束をひそかにとりかわしていた

きみのたたかいは殺戮の灰のなかから生まれ
その根拠はきみが一粒の種子であったときからのもの
きみはきみ自身の根拠を捨て去ることはできぬ

幼い日々からの忍従はきみの眼球のなかで
決して飼いならされることはない
父母たちの時間にふと通じてしまう屈辱のしわで
きみの幼年は忍従に陰っている
生物のように確かに動きまわっている
そのままふときみの現在に重なってしまうこと
にきみは深い戸惑いをかきたてよ
(詩集「『彼岸』以後」より)