人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(7)フランツ・カフカ小品集

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筆者がこの「フランツ・カフカ小品集」を思い立ったのは花田清輝訳・編「カフカ小品集」(1950年・謄写版)という小冊子による。収録作品は『橋』『プロメトイス』『人魚の沈黙』『バケツ乗り』『町の紋章』『寓話について』の6篇だが、敗戦後5年の日本でカフカがどのように読まれたかを考えさせられる。
(花田に近い石川淳埴谷雄高の戦後の活動、直にカフカを文学的出発点とした安部公房の登場もこの時期だった。安部の『壁』の芥川賞受賞は52年)
花田訳・編「カフカ小品集」は第三書館の一巻本全集「ザ・清輝」に謄写版ファクシミリ版下のまま収められている。今回の小品もカフカの傑作に数えられる一篇。
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『皇帝の密使』

皇帝陛下が-これはどこかで聞いた話だが-あえて君というちっぽけで吹けば飛ぶような臣下に宛てて、臨終の床の中から一通の密書を託された、というのだ。皇帝は密使をベッドの側に膝まずかせ、耳元で使令の内容を囁かれる。非常に重要な使令だから、今度は密使が耳元で復唱せねばならない。皇帝はうなずかれ、復唱された内容を確認なさった。そして臨終を前にすべての壁が取り払われ、この国の大臣たちが円陣をなして立会人となった前で、皇帝は密使を派遣せしめられた。密使はさっそく出発した。疲れを知らない強壮な男で、左右の腕で掻き分けるようにして群衆の間を突き進んだ。応じない者には胸に着けた太陽の印を見せつけた。そして彼はさらに楽に前進を続けた。だが群衆はあまりにおおく、街はどこまでも続いていた。もし郊外の野にたどり着けば、彼は飛ぶように走っただろう。そしてまもなく君は、彼の拳が壮麗な響きをたてて君のドアを叩くのを聞いただろう。だがそんなことは実現せず、いつまでたっても密使は宮殿の奥深くの部屋または階段を走り抜けていた
のだ。それはどこまでも続いていたし、それを通りすぎても無数の庭園があり、庭園の果てには第二の宮殿、無数の部屋、階段、庭園、そしてまた宮殿。こうして何十年もたつ。そして、まずあり得ないことだが、密使が最後の門から外へ出たとしても、そこは暗く淀んだ全世界の中心たる首都で、誰もここを通り抜けられる者はいない-まして死者の密書を携えていては。
だが君は夕方になれば、窓辺で密書を夢見るのだ。
(小品集「村医者」1919)