人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ある投げ込みチラシ

 例によって午後の暇な時間を自室でもて余していると、「ごめんくださーい」とドアの外で中年女の声がした。風通しのためにドアにはチェーンロックをかけ細く開けてあったから居留守を決め込むわけにはいかない。仮病を使うしかない。「すいません、調子が悪くて寝ているので。チラシがあるならドアポストに入れていってください」「はーい」実際セールスマンや宗教の勧誘員が来ると調子が悪くなるのだ。主治医にも居留守を使うように言われている。今回はあっさり帰ったので助かった。中にはしつこく粘る人もいるのだ。
 しばらくして、どうせ宗教勧誘だろうな、と思いながらチラシを取ってきた。一瞥してあっけにとられた。B5の半裁版(つまりB6)という小ささにも、一枚の片面にパソコン打ちという簡便さにも呆れたが、そこには明朝体でこうあった。

「罪咎とは、三世の過去から未来に永遠に続く事である。
それが、只導きをする事で消え去るのであります。
何と有り難い事であります。」

 これが全文で、32Qくらいの大きな文字で5行に打ってある。団体名もなければ連絡先もなく、もちろん地図も載っていない。ただ本文に宗派の教えらしい短い文章だけ。これは意図的とは思えない。団体名や連絡先が抜けているのは、きっと他のチラシと併せた一部なのだろう(直接出たら名刺か何か渡されたかもしれない)。これは集会に足を運んだ人へ作られたチラシかもしれない。何にしても言えるのは、これは勧誘チラシとしてはまるで用を足さないということだ。
 このチラシに手掛かりは本文以外まったくない。ありふれた市販のプリンター用紙に特徴もないワード書体で淡々と印字してあるだけだ。B5用紙をきれいに半裁してあるのは簡単な裁断器を使えばいい。よって本文以外に出所をたどる方法はない。
 特徴的な語句は「罪咎」「三世」「導き」の三語だろう。キリスト教イスラム教でも、人間神、例えばゾロアスター教神道でもない。ヒンズー教や仏教なら該当するかもしれないが怪しいものだ。論理的にも「三世」の「罪咎」がただ「導き」で霧消するなら、「罪咎」も「導き」も大したものとは思われない。
だがこの間抜けなチラシにはどこか憎めない無心さがある。それは単純な信仰心かもしれない。温もりを感じさえするのだ。