(29a)リー・コニッツ(as)



コニッツはレニー・トリスターノ門下生でやはり天才肌のミュージシャンだった。ビ・バップを拡張しようというクール・ジャズにはマイルス派とトリスターノ派があったがコニッツはどちらにも欠かせないアルト奏者だった。白人ジャズの系列においてはチャーリー・マリアーノ、フィル・ウッズらのパーカー派よりもコニッツが先鞭をつけたクール・スタイルがポール・デズモンドやアート・ペッパーによって発展する。
初リーダー作「サブコンシャス・リー」(画像1)は実は初出では1949年録音分はトリスターノのリーダー作で、1950年分が純粋にコニッツの処女作になる。まるで未来の音楽のように響くトリスターノ派の抽象的ジャズはここで完成している。
ただしトリスターノのサイドマンだけでは生活できないのでジェリー・マリガンとの共演やスタン・ケントン楽団のソロイストとして生計を立て、54年にストーリーヴィル・レーベル三部作「アット・ストーリーヴィル」「コニッツ」「イン・ハーヴァード・スクェア」(画像2)で面目を見せる。ここまでがトリスターノ派のコニッツだという評価も多い。
翌年からのアトランティック移籍からは同じトリスターノ派テナーとの共演「ウィズ・ウォーン・マーシュ」1955では好調、師との決別セッションともいわれる「鬼才トリスターノ」1955と意欲作「インサイド・ハイ・ファイ」1957では絶頂期の面影もないほど不調、ピアノレスでギター・トリオとのライヴをアドリブのみに焦点を絞って大胆にテープ編集した「リアル・リー・コニッツ」(画像3)では好調と、好不調の波が激しくなる。
トリスターノ派からの脱却と自分自身の方法の確立がこの時期のコニッツの課題になっていた。