人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(補13b)ジョー・ヘンダーソン(ts)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

Joe Henderson(1937-2001,tenor sax)。
60年代の新人でもヘンダーソンの存在感は大きく、所属会社も名門ブルー・ノート社だったから、伝統性と革新性をバランス良く折衷したテナーマンとして好感度も高かった-のだが、63年~69年の在籍期間に30枚ものアルバムに起用されながらも、本人のリーダー作は4枚しかない。

「ページ・ワン」に続いて3か月後の第2作、
Our Thing(画像1)63.9.9
-は前作同様ケニー・ドーハムとの共作と言える作品で、ヘンダーソン2曲、ドーハムが3曲。ドラムスは前作と同じピート・ラロカで、今回のピアノはアンドリュー・ヒル。このヒル効果が作品全体を重くしていて、前作のような親しみ易さはないが全編を重厚なものにしている。ヒルは翌年の傑作「離心点」でドーハムとヘンダーソンのコンビを起用する。その原型としても注目されるアルバムだろう(ただし「離心点」では、エリック・ドルフィー=アルトサックスの参加によって、ドーハム畢生の前衛的名演、安定感のあるヘンダーソンも喰われてしまったが)。

2か月後の、
Grant Green:Idle Moments(画像2)63.11.4
-はボビー・ハッチャーソン(ヴァイブ)参加、才人ピアニストのデューク・ピアソンのプロデュースで、このギタリストの作品でも特に人気が高い。グリーン自身の資質はもっと垢抜けないものだと思われるが、ここでは洗練された完成度の高いジャズで新境地を開いている。ヘンダーソンのような新しいタイプのテナーマンが起用されるのも当然だった。

たった5日後には、
Andrew Hill:Black Fire(画像3)63.11.8or9
-が録音される(文献により録音日が異なる)。ヒルはシカゴ時代の56年に初アルバムがあったが、ニューヨーク進出、ブルー・ノート社での契約後はこれが第1作、この後半年で5枚ものリーダー作に抜擢される。このアルバムではリチャード・デイヴィス(ベース)とロイ・ヘインズ(ドラムス)の最強ピアノトリオにヘンダーソンのワンホーンで、ピアニストがリーダーのテナー・カルテットはセロニアス・モンクを想起させる-ブルー・ノート社、全曲オリジナル、独創性。ヘンダーソンも素晴らしいピアノトリオを相手に伸び伸びと演奏している。