人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

短歌と俳句(21)石原吉郎20

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詩人石原吉郎(1915-1977)の佳句は「懐手蹼ありといつてみよ」「吊革は手錠のごとく霧の電車」ら傑出句以外も、

・雲真面皇帝ペンギン夏終る
無花果使徒が旅立つひとりづつ
独立記念日火夫より不意に火が匂ふ
・コップより女したたる暮春かな
・弁明へ金魚が血なまぐさき夜

他にも「蝙蝠傘地へ立て暮春の決闘場」「蹠のかがやき見えて四月の喪」「柿の木のしたへ正午を射ちおとす」「ひだり眼に棲む秋右の眼へ移る」「雪をんな産み月満てりオルゴール」など、多彩な文体と技巧で専門俳人に引けをとらないと言える。

石原に親近性の近い戦後俳人金子兜太(1919-)だろう。金子は加藤楸邨門下出身だから虚子の孫弟子でもあるが一茶や山頭火に傾倒し、虚子から独立した「人間探求派」の系譜でも直接の師の楸邨よりさらに奔放な中村草田男に近かった。代表句を挙げる。

・銀行員等朝より蛍光す烏賊のごとく
・彎曲し火傷し爆心地のマラソン
・果樹園がシヤツ一枚の俺の孤島
・わが湖あり日蔭真暗な虎があり
・どれも口美し晩夏のジャズ一団

また「暗闇の下山くちびるをぶ厚くし」「華麗な墓草女陰あらはに村眠り」「粉屋が哭く山を駆けおりてきた俺に」「霧の村石を投うらば父母散らん」「人体冷えて東北白い花盛り」などの金子作品を見ると、改めて石原が現代俳句の水準にあったことがわかる。

だが短歌は晩年になって初めての試みだった。塚本邦雄(1920-2005)は戦後短歌を代表する大歌人だが、日本浪漫派に依った前川佐美雄の系譜を自認する人でもあった。そのことからも、石原の短歌は塚本に感化されたと推定される。

・革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ
・てのひらの傷いたみつつ裏切りの季節にひらく十字架の花
・戦争のたびに砂鉄をしたちらす暗き乳房のために祈るも
・五月祭の汗の青年 病むわれは火のごとき孤独もちてへだたる
・日本脱出したし 皇帝ペンギン皇帝ペンギン飼育係も

この「皇帝ペンギン」の一首は石原の皇帝ペンギンの句の影響源ではないか。塚本は音楽好きで音楽家や楽器を詠んだ作品も多いが、「みづうみに水ありし日の恋唄をまことしやかに弾くギタリスト」「電流を絶たれ、はじめてみづからの声なき唄うたふ電気ギター」など常に皮肉が伴う。