人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟入院記98

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・3月29日(月)曇りときどきにわか雨
「科学でも単一で疑問の余地のない解答はなかろう。だが彼の場合学習にも『正解』がないと気が済まない性分だから、常に疑問を抱えこんでいる状態を学習で解決しようとしているが、精神疾患の分野では暫定的に方向性を探りながら解消していくより手段はない。彼の場合はそれも難しいかもしれない。フーコーが同一線上で追究していた四大テーマ(権力生成、性、監禁、狂気)を並べてもその関連性を理解できるかどうか。『狂気の歴史』を読んでもそれを学びとれるかどうか。学習とは受動的なものではなく想像力によって咀嚼していくものだ、ということを理解していない状態では、自己分析的な自己治療、おおよそ認知療法に相当するものだが、正確な(妥当程度でいい)自己認識もそれに応じた認知療法にもたどり着けまい。その点では彼をどうこう言えた義理ではない。ゴッホの手紙を思い出す(注)」

「今日は日直の当番。Atさんが7時半少し前に起こしてくれて助かった。昨夜はKくんと二人して11時すぎに追加眠剤ください、と第三病棟のナースステーションへ。Kくんは寝起きは悪いが寝つきはとてもいい。うらやましい。目が覚めれば瞬時に覚醒できるのだが寝つきの悪さは入院生活の運動不足からなのかもしれない。今朝もそうで、寝不足気味かなと思いながらもさっさと起き出し日直の作業をこなしたが、Kくんは食事到着まで熟睡していたので結局配膳が始まってから起こしに行く。別に友人だからではなく同室だからだ。これも異性でなければ(さすがに異性はまずい)誰でもいいのだが、Kくんに関してはなぜだか専任にされてしまっている。女性患者たちに彼を打ち解けさせて少しは居心地の良い環境にしたのも一役買ったし、同期入院で他に代わる役割の人がいなかったら、実際いなかったわけだが、彼がどういう入院生活を送っていたかを想像すると暗然とする。入院生活経過とともに病状悪化、案外よくあるパターンなのだ。性格的には彼の方が孤立しやすい素質があるが、徹底的な孤立を経験してきた生活体験ではこちらに分がある。眠い…もう二度と追加眠剤は飲まねえぞ。そうだね」
(続く)

(注)晩年の弟あての手紙。精神疾患に理解ある絵画愛好家の医師の厚意を受けている。キリストの言葉にもあったが、盲人が盲人の手を引くようなものさ。