人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(19)

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ムーミンムーミンパパにさりげなく告げただけですが、そのひと言で思わずスノークとフローレン兄妹もぎょっとしてムーミン一家から目を逸らし、ヘムレンさんとジャコウネズミ博士も意図的に無視し、トフスランとビフスラン夫婦も双子であるのを忘れたような顔で背け、ヘムル署長とスティンキーもおまわりと泥棒の立場をわきまえて無視し、ミムラとミイも35人の兄弟姉妹を忘れて呆け、あの孤高のスナフキンも今やニョロニョロのいないテーブルに思わず顔を伏せました。もちろん、ここにいない人もです。
つまりそれは、傍観者の位置、もしくは通行人の視点からムーミン一家の様子をうかがっていた間合いが一気に危うくなったので、弛んでいた緊張が一瞬にして張り詰め、レストラン内の食客たちの心拍が頂点まで高まると、回復は望めないとすら思えました。ほとんどの人が、とは言えトロールですが、この場に居合わせた不運を悔みました。
ムーミンママだけは命にかけても大切なハンドバッグを握りしめて覚悟を決めました。もしもの場合バッグの中にはムーミン谷全域を焼却処分するN2地雷の起爆スイッチが仕込んでありました。またムーミンママの生体信号を受信する距離からバッグが離れてもこのスイッチは起爆するのです。ムーミン谷随一の平凡な主婦に、生死をかけたムーミン谷の秘密が託されているとは普通思えません。それもハンドバッグに。
当然ムーミンママは舞い込んだこの誘惑に、私などその任に堪えませんわと最初は辞去しましたが、結局はムーミン谷すべての運命をハンドバッグの中に握るという陶酔には勝てなかったのです。しかも男尊女卑のムーミン族で、夫にも息子にも秘密となればこれに勝る快楽はありません。
やがて喧騒。今度はムーミン一家ばかりでなくスノークとフローレン兄妹、ヘムレンさんとジャコウネズミ博士、トフスランとビフスラン、ヘムル署長とスティンキー、ミムラとミイと35人の兄弟姉妹に孤高のスナフキンまでもが焦ったようにがやがやし始めました。ニョロニョロまでも喧騒に乗じてあちこちのテーブルに生える始末です。
なんかやばいこと言ったかな?と偽ムーミンはおずおずと、ねぇみんなどうしたの?…一堂は偽ムーミンを無視して一段と雑談に花を咲かせます。おかしい、いつもとは明らかに様子が違う。どうする?
次回第二章完。