人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(再録)吉岡実『わがアリスへの接近』1974

 戦後現代詩の巨匠のひとり・吉岡実(1919-1990・東京生まれ)は作風の実験にも意識的で、およそ生涯に4期の変化があり、そのいずれもが成功している。今回ご紹介する詩篇は1974年発表、大反響を呼び日本での「アリス」(ルイス・キャロル)ブームの火つけ役となり、収録詩集が刊行されるとたちまちベストセラーになり各種文学賞を受賞した。吉岡実の作風のなかでは第三期を代表する作品。ではご紹介する。

ルイス・キャロルを探す方法』 吉岡 実

[わがアリスへの接近]

三人の少女
アリス・マードック
アリス・ジェーン・ドンキン
アリス・コンスタンス・ウェストマコット
彼女らの眼は何を見ているのか?
彼方にかかる縄梯子
のびたりちぢんだりするカタツムリ
刈りとられるマーガレットの黄と白の花の庭で
彼女らの脚は囲まれている
どこからそれは筒のようにのぞくことができるのか?
「ただ この子の花弁がもうちょっと
まくれ上がっていたら いうところはないんだがね*」
彼女らの心はものみなの上を
自転車で通る
チーズのチェシャ州の森
氷塊をギザギザの鋸の刃で挽く大男が好き
鞄のなかは鏡でなく
肉化された下着
歴史家の父の死体にニスをかけて
床の下の世界から
旅する渓のみどりの水をくぐる
一人の少女を捕えよ
なやましく長い髪
眠っている時は永遠の花嫁の歯のように
ときどきひらかれる
言語格子
鉛筆をなめながら
わが少女アリス・リデル
それは仮称にすぎない
〈私〉の外にいて
あらゆる少女のなかのただひとりの少女!
きみはものの上を通らずに
灰と焔の最後にきた
それでいてきみは濡れている
雨そのもの
ニラ畑へ行隠れの
鳩の羽の血
影があるようでなく
ただ見つけ出さなければならない浄福の犯罪
大理石の内面を載れ
アイリス・紅い縞・秋・アリス
リデル!
*[ルイス・キャロル鏡の国のアリス」岡田忠軒訳より]
(詩集「サフラン摘み」1976より)

 おそらく、というか確実にこの作品はウラジミール・ナボコフの長篇小説「ロリータ」1956から着想を得ており、ロリコンという言葉が定着したのも同時期だった。少女の名前へのフェティシズムに注目されたい。