人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(再録)吉岡実『聖少女』『桃―或はヴィクトリー』『静物』

 吉岡実(1919-1990・東京生れ)は同年輩の鮎川信夫と共に戦後現代詩の2大潮流を創った人で、モダニズムや兵役体験など重なる経歴も多い。だが作品は、これほどかけ離れた詩人はいないと言っていいほどだ。

『聖少女』 吉岡 実

少女こそぼくらの仮想の敵だよ!
夏草へながながとねて
ブルーの毛の股をつつましく見せる
あいまいな愛のかたち
中身は何で出来ているのか?
プラスチック
紅顔の少女は大きな西瓜をまたぎ
あらゆる肉のなかにある
永遠の一角獣をさがすんだ!
地下鉄に乗り
哺乳瓶を持って
ぼくら仮想の老人の遥かな白骨のアーチをくぐり
冬ごもる棲家へ
ハンス・ベルメールの人形
その球体の少女の腹部と
関節に関係をつけ
ねじるねじる
茂るススキ・かるかや
天気がよくなるにしたがって
サソリ座が出る
言葉の次に
他人殺しの弟が生まれるよ!
 (詩集「神秘的な時代の詩」1974より)

『桃-或はヴィクトリー』 吉岡 実

水中の泡のなかで
桃がゆっくり回転する
そのうしろを走るマラソン選手
わ ヴィクトリー
挽かれた肉の出るところ
金門のゴール?
老人は拍手する眠ったまま
ふたたび回ってくる
桃の半球を
すべりながら
老人は死人の体力をたくわえる
かがやかしく
大便臭い入江
わ ヴィクトリー
老人の口
それは技術的にも大きく
ゴムホースできれいに洗浄される
やわらかい歯
その動きをしばらくは見よ!
他人の痒くなっていく脳
老人は笑いかつ血のない袋をもち上げる
黄色のタンポポの野に
わ ヴィクトリー
蛍光灯の心臓へ
振子が戻るとしたら
タツムリのきらきらした通路をとおる
さようなら
わ ヴィクトリー
 (詩集「静かな家」1968より)

静物』 吉岡 実

夜はいっそう遠巻きにする
魚のなかに
仮りに置かれた
骨たちが
星のある海をぬけだし
皿のうえで
ひそかに解体する
灯りは
他の皿へ移る
そこに生の飢餓は享けつがれる
その皿のくぼみに
最初はかげを
次に卵を呼び入れる
 (詩集「静物」1955より)

 逆年順に並べた。前回、吉岡の作風は四期(習作期除く)に及ぶ、と述べたが、それぞれ第三期、第二期、第一期の特徴を示す詩篇を選んだ。