人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(再録)吉岡実『劇のためのト書の試み』1962

今回はすごいのをいく。まずは作品を。どうすごいかは、読んでみればわかる。この詩人にとってはこれがアヴェレージ作というのも念頭におかれたい。作者にとっては特に力作でも何でもないのだ。

『劇のためのト書の試み』

それまでは普通のサイズ
ある日ある夜から不当に家のすべての家具調度が変化する
リズムにのって 暗い月曜日の風のなかで
音楽はユーモレスク
視覚的に大きなコップ 大きな歯ブラシ
天井までとどく洋服ダンス
部屋いっぱいのテーブル
家族四人が匿れるトマト
父・洋服が大きくて波うち会社に出られず
兄・靴が大きくてラセン巻き
妹・月経帯が大きくてキララいろ
母・大きな容器の持ち運びで疲れてたおれる
父に電話がかかる
拡声器のように大きな声が父の不正な仕事をあばく
兄は女を孕ます罪をあばかれる
電話機の闇
妹は火山口のような水洗便所のふちで
恋人の名を呼ぶ
母はどうしているか 母は催眠錠の下にいる
塀の外はどうなっているのか 洗濯物で見えぬ
ある日ある朝から順調にサイズが小さくなる
小さな鏡 小さな寝台
小さなパン 観念のような
妹《わたしは飢えているわ》
兄《何があったのだろう この窓の外で
火事や地震じゃない 別の出来事が
ぼくたちの罪じゃない》
夕暮から地平の上のほろびの技術
かたむく灯
かたむく煙突
かたむく家
父母の死骸は回転している洋服ダンスの中
兄妹はレンガの上に腰かけ
雨が降っている
ふくらむスポンジの世界
兄《とにかくぬれないところ どこがあるだろう》
兄妹立ちあがる未来の形で
聞こえる?
恋するツバメの鳴き声
(「吉岡実詩集」1967から新詩集「静かな家」収録、発表1962年)

まるでルイス・ブニュエル「黄金時代」「昇天峠」のような悪夢的世界。吉岡実(1919-1990、東京生まれ)は戦後に詩集「静物」1955で注目され、次の詩集「僧侶」1958が決定的な出世作となり、晩年まで数回の作風の変化もすべて成功し、没後もますます評価が高まった詩人。お楽しみいただけただろうか?