人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アメリカ喜劇映画の起源(3)

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 喜劇映画の起源はフランスのマックス・ランデで、映画大国イタリアの喜劇王と言えばトトになり、アメリカではサイレント期にはラリー・シモンやハリー・ラングドンキートンらと同格で、トーキー時代はW.C.フィールズ、ローレル&ハーディがマルクス兄弟に匹敵する喜劇映画役者だったとされています。これらはなかなか映画の実物を観る機会がなく、ランデとトトの映画は映像ソフトでもお目にかかれません。シモンやラングドン、フィールズやローレル&ハーディは各二、三本は観ましたが、やはりチャップリンキートン、ロイド、マルクス兄弟がいかに時代を超えた笑いの純度を備えているかを感じさせるものでした。

 ラリー・シモンは荒唐無稽な体技タイプですがキートンのような洗練を欠き、ラングドンは白塗りの童顔で純情な道化役ですがロイドのような知的なひねりにもチャップリンの哀愁にも及ばない。フィールズはグルーチョだけのマルクス兄弟のようだし、ローレル&ハーディはグルーチョのいないマルクス兄弟のようで、喜劇映画のマニアには一部の特徴を特化させたような作風で興味は持てますが、サイレント三大喜劇王マルクス兄弟なしに彼らが存在していても彼らの存在は忘れ去られてしまったかもしれません。引き立て役と言っては何ですが、他にもロスコー・アーバックルやベン・ターピン、アボットコステロらは皆チャップリン、ロイド、キートンの三大喜劇王、孤高のマルクス兄弟を座標に回顧されるのです。

 サイレント~トーキー初期といえば80年~百年前の映画ですから、現代の映画を見慣れた目には異様なものに見える点が多いとは容易に想像できます。しかし現代の映画で加工映像によって容易に作り出されているものを、生身の人間の肉体がやってのけている映像は衝撃的ですらあります。
 サイレントという制約の中では肉体による言語表現が当り前のように行われていました。ごくわずかな補足説明が字幕タイトルで入るだけです。1914年に映画デビューのチャップリンと、1929年映画デビューのマルクス兄弟は同世代ですが、チャップリン(1889年生)がパントマイム芸の喜劇役者に対して、マルクス兄弟グルーチョ(1890年生)はマシンガントークの喜劇役者でした。ですが、現代ではチャップリンのようなマイム芸もグルーチョトーク芸も異様に見えるのです。