人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Atoll - L'Araignee-Mal (Eurodisc, 1975)

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Atoll - L'Araignee-Mal (Eurodisc, 1975) Full Album : https://youtu.be/prKz8-RQngM
Recorded at Studio Gang Paris, 10??me in 1975.
Released Eurodisc 913-002, 1975
(Face A)
A1. 悪魔払いのフォトグラファー Le Photographe Exorciste (Chabiron, Taillet, Gozzo) - 9:10
A2. カゾットNo.1 Cazotte N.1 (Taillet, Beya) - 6:00
A3. 恍惚の盗人 Le Voleur D'Extase (Balzer, Chabiron, Beya, Aubert) - 7:30
(Face B) 組曲夢魔」L'Araignee-Mal - total time 21:20
B1. 思考時間 Imaginez Le Temps (Balzer, Gozzo, Aubert) - 6:40
B2. 夢魔 L'Araignee-Mal (Balzer, Uro, Aubert) - 5:05
B3. 狂った操り人形 Les Robots Debiles (Balzer, Taillet, Thillot) - 3:35
B4. プラスチックの墓碑 Le Cimetiere De Plastique (Thillot, Taillet, Beya)- 6:00
[Musiciens]
Andre Balzer - Vocals [Chant], Percussion
Christian Beya - Guitar
Richard Aubert - Violin
Michel Taillet - Keyboards [Eminent, Clavinet], Backing Vocals, Percussion
Jean-Luc Thillot - Bass Guitar, Vocals
Alain Gozzo - Drums, Percussion, Backing Vocals
(Guest Player)
Bruno Gehin - Keyboards [Mini-moog, Fender Piano],piano, Mellotron

 これがフランスの70年代ロックで日本でいちばん人気の高いアルバム、1980年の日本発売以来35年間一度も日本では廃盤にならず(本国フランスでは廃盤になっていた時期もあるのに)、いまだに24bit、紙ジャケット、リマスター、SACDとフォーマットを変えるごとに新装再発されて売れ続けているユーロ・ロック屈指のロングセラー・アルバムになる。実にひさしぶりに聴いたが、確かにそれだけの内容のあるアルバムで、カトリーヌ・リベロ + アルプはきびしいにせよフランスのバンドで国際的評価も得ている(もちろんフランス国内でも)大物ゴング、マグマ、アンジュらと較べても、このアルバムが突出しているのはジャケットやアルバム・タイトルの良さだけではない。アトールが同格のピュルサーやモナ・リザと一線を画し、前記大物バンドすら抜いて日本のリスナーに支持されてきたのは、音楽が明快なロックだからだ。フランスのバンドはフランス語のヴォーカルのみならずサウンドがどこかもやもやとあか抜けないのが良さでもあり限界でもあるが、アトールはフランス語ヴォーカルでもバンド・サウンド英米ロック的に切れ味が良い。

 ピュルサー、モナ・リザと同じくアトールもプロ・デビューの前後でアンジュの前座を経験してきている。ピュルサーはその時点で学生バンド時代から10年のアマチュア・キャリアがあり、ビート・グループから始まってピンク・フロイドのカヴァー・バンドを演っていた時期が長く、アンジュの影響はさほど受けなかった。モナ・リザは最高傑作『限界世界』でも基本はアンジュだったわけで、それもありだろう。アトールはデビュー作『ミュージシャンズ・マジシャン』ではサウンドはイエス、ヴォーカルはアンジュみたいだった。だがセカンド・アルバム『組曲夢魔」』では早くもアンジュの影響から完全に脱していて、デビュー作のイエスっぽさもアトール独自のサウンドに発展させている。アプローチはイエスのもっとも実験的なアルバム『リレイヤー』1974に近いが、サウンド自体は『リレイヤー』とは違うアトールならではの実験性によるもので、イエスの影響は歯切れの良いロック感覚として生かされている。

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 (Original Eurodisc " L'Araignee-Mal" LP Liner Cover)
 アンジュの特徴はやはりフランス語のヴォーカルを生かした演劇的なサウンドになり、イギリスのロックではジェスロ・タルジェネシスに相当していたわけで、ピュルサーもヴォーカル主体ではないが映像的なサウンドピンク・フロイドが指針だったから雰囲気重視の点でアンジュとの類縁性はあった。モナ・リザは最初からフランス版ジェネシス目指してアンジュの門弟になったようなものだったろう。それで言えばその時代のプログレッシヴ・ロックのバンドとしてもイエスはダイナミックでテクニックを前面に出した、雰囲気というよりはハード・ロックのアレンジを徹底的に複雑化させたようなサウンドでリスナーにカタルシスを与えるタイプのバンドだった。アトールサウンド的にはイエスの線を目指したが、デビュー作の前後ではアンジュのようにフランス語ヴォーカルによるロックをいかにして成功させるかが課題だったろう。カトリーヌ・リベロ + アルプはあまりに特異なヴォーカルと楽器編成だし、ゴングは無国籍サウンドの英語ロック、マグマは特異なサウンドだけでなく架空のコバイヤ語ヴォーカルとなると、ピュルサー、モナ・リザアトールとそれぞれ傾向の異なるバンドなのに参考になる自国の先輩バンドはアンジュだった、というのは必然性があった。

 アトールの場合『組曲夢魔」』ではヴォーカル・パートを要点をなす箇所のみに限定し、1曲ごとに細かいインストルメンタル・パートから組み立てられているのを裏ジャケットの曲目に記載している。原題は省略するが、邦題ではこうなっている。単一の曲はA2のみ、B面は全体が『組曲夢魔」』で、B1~B4の4曲も1曲ごとにいくつものセクションから成り立っている。ジャズ・ロック的な演奏が聴かれるパートも多いが構造的には当時最先端だったフュージョンの発想と同じ構成的手法が用いられており、ロックの応用ではイエスの『危機』1971はその早い例だが、イエスの『リレイヤー』とは『組曲夢魔」』は実験性で匹敵し、完成度では勝っているとも言える。

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A1.『悪魔払いのフォトグラファー』スーフルの青い光~あばかれた正体~怪奇現象~…そして出現
A2.『カゾットNo.1』
A3『恍惚の盗人』陶酔~色彩の盗人

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B1.~4.『組曲夢魔」』
B1.『思考時間』謎の暗闇~透明な湖上にて
B2.『夢魔睡眠思考~冷凍幻影~老衰頭脳~精神侵蝕
B3.『狂った操り人形』操り人形~神への冒とく
B4.『プラスチックの墓碑』プラスチックの街~墓地~不思議な子供たち~夜を求めて

 曲目を書き写しておいて何だが、1曲ごとに本当に小見出し通りのセクションから構成されているのか確認しながら聴いたことがLPでもCDでもないのだが(さすがに曲の切れ目は意識する)、流れるような演奏でパッチワーク的なつぎはぎ感はまったくない。セクション分けして作曲された部分と、演奏から発展して新たなセクションが生まれた部分(小見出しは後づけ)の両方が混在しているのではないか。このアルバムのハイライトはわくわくするようなイントロからはじまるA1『悪魔払いのフォトグラファー』と、タイトル曲『組曲夢魔」』のさらにタイトル曲B2『夢魔』でタイトルをヴォーカルが連呼するきらびやかなパートだろうが、アルバム全体にムードの統一があって展開が快適なので捨て曲もないし、続けて何回も聴いても聴き飽き・聴き疲れがしない。テンションとリラクゼーションの配分がばっちりうまくいっている。これは、ロックのアルバムでは傾向を問わず珍しいことだろう。ヴァイオリン奏者がメンバーに入ったアトールのアルバムはこのセカンドだけで、ゲスト奏者によるツイン・キーボードよりもヴァイオリンの導入が上手くいっている。ロック・ヴァイオリンにはフランク・ザッパ門下生のジャン・リュック・ポンティという大物がいて、国際的な活動で後進の奏者に大きな影響を与えた。ジョン・マクラフリンマハヴィシュヌ・オーケストラはジャズ・ロックのトップ・グループになったが、『組曲夢魔」』のヴァイオリン入りジャズ・ロック風味はそのあたりから来ているだろう。

 プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ(PFM)やキング・クリムゾンなどヴァイオリンを導入したプログレッシヴ・ロックのバンドはアトール以前にも大物がいるが(大物でなければイタリアではPFMの影響で何組も見かける)、アトールのヴァイオリンの使い方はクリムゾンともPFMとも違う、イタリアのアルティ・エ・メスティエリとは少し似ているか、というくらいのもので、アトールとアルティに影響関係はないだろう。関係あるとすればマハヴィシュヌが共通の影響元くらいだが、同じラテン系でもイタリアとフランスでは感覚が異なる。どの辺が、と考えてみるとサウンドのどこに官能性を託すかという本能的な快感ポイントが、重心で言うならアルティは低く、アトールは高い。イタリアのロックとフランスのロックの対比としてもイタリアは重心が低く、フランスは重心が高いと言えると思う。官能と言っても胸と腿のどちらが感じるとかではない。重心が高いとは悪い意味ではなく、サウンドに自然な浮遊感があるということで、オリジナル・アトールの4枚はどれも良いが世評通り1枚選ぶならやはりこれだろう(フランス語版ウィキペディアで代表作とされているのは『サード』だが)。