人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アンジュ Ange - 新ノア記 Au-dela du delire (Philips, 1974)

アンジュ - 新ノア記 (Philips, 1974)

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アンジュ Ange - 新ノア記 Au-dela du delire (Philips, 1974) Full Album : https://youtu.be/vIM3bQatX0g
Released par Disques Philips 9101 004, 1974
(Fact A)
A1. 農夫ゴドヴァン Godevin le vilain (C. Decamps) - 2:59
A2. アイザックの長い夜 Les Longues nuits d'Isaac (C. Decamps/F. Decamps) - 4:13
A3. 救世主だったなら… Si j'etais le messie (C. Decamps/G. Jelsch) - 3:03
A4. 酒神祭のバラード Ballade pour une orgie (C. Decamps/J.M. Brezovar) - 3:20
A5. 出エジプト記 Exode (C. Decamps/F. Decamps) - 4:59
(Face B)
B1. 砂糖戦争 La Bataille du sucre (La Colere des dieux)" (C. Decamps/D. Haas) - 6:29
B2. 光の子 Fils de lumiere (C. Decamps/F. Decamps) - 3:52
B3. 錯乱の果てに (新ノア記) Au-dela du delire (C. Decamps/J.M. Brezovar) - 9:02

[ Ange ]

Jean Michel Brezovar - guitar, vocals, flute
Christian Decamps - Hammond organ, piano, harpsichord, vocals
Francis Decamps - keyboards, vocals
Daniel Haas - bass, guitar
Gerald Jelsch - drums, percussion

(Original Philips "Au-dela du delire" LP Liner Cover & Face A Label)

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 アンジュは1969年結成、メンバー・チェンジこそあれまったく活動休止期間なしにデビュー50年になる現在も活動中のフランス最古の現役で最高の実力・人気を維持してきたロック・バンドで、英語版ウィキペディアですら英米ロックの大物バンドと同等の詳細な項目と個別のアルバム解説項目があり、これはカンやPFM、ゴングのように英米ロックと関係の深いユーロ圏のバンドならともかく、フランス国内では五指に入る大物とは言え国外の人気はほとんどないバンドとしては異例のことです。ゴング、アンジュと並ぶ大物カトリーヌ・リベロ+アルプですら英語版では簡略なプロフィールだけ、やはりゴング、アルプと並ぶ大物マグマすら英語版ではディスコグラフィ以外は簡単な概要、バイオグラフィ、音楽性解説の3項目が1ページずつ分しかありません。後発バンドでイギリスのレーベルからデビューしたピュルサーの方がマグマより詳しく長い記述があります。'70年代後半ではピュルサーと並ぶ雄、アトールに至ってはディスコグラフィしか載っていません。もちろんフランス語版ウィキペディアではリベロやマグマの項目はアンジュと匹敵するくらい詳細なのですが、日本版ウィキペディアではアンジュの項目はありませんが、海外ロックで詳細な解説があるバンドはほとんど英語版ウィキペディアからの抄訳に日本での反響を加えてあるだけなのにお気づきの方もいらっしゃるでしょう。アンジュは日本版ウィキペディアには独立項目がないながらも、英語版ウィキペディアでは熱心なファンが意地でも世界的大物バンド並みの解説を(フランス語版ウィキペディアからの抄訳かもしれないが)載せていると思われます。アンジュにはフランスの国民的バンドと呼べるほどの風格があるのです。

 アンジュは1972年のデビュー・アルバム発表以来フランス語圏(ベルギー、スイス、カナダの旧フランス領を含めて)で絶大な人気と影響力を誇るバンドで、1969年の結成以来1996年~1998年の3年間だけ解散していましたが(実際はその間も別名義で活動していました)、50年あまりの間フランスのトップ・バンドの座を守ってきた存在です。創立時から10年間はクリスチャン・デュカン(ヴォーカル)とフランソワ・デュカン(キーボード)のデュカン兄弟がリーダーで、ヴォーカルと作詞・曲はクリスチャン、バンドのサウンド・プロダクションはフランソワという役割分担が絶妙に機能していました。デビューから全盛期の'70年代のアルバムをリストにしてみます。

・『カリカチュール』Caricatures (1972)
・『道化師たちの墓所』Le Cimetière des arlequins (1973)
・『新ノア記』Au-delà du délire (1974)
・『エミール・ジャコティのお伽話』Émile Jacotey (1975)
・『マンドランの息子たち』Par les fils de Mandrin (1976)
・『第六巻(ライヴ1977)』Tome VI : Live 1977 (1977)
・En concert : Live 1970-1971 (1977)
・『異次元への罠』Guet-Apens (1978)

 初期のスタジオ録音アルバム5枚、集大成的2枚組ライヴ『第六巻』、プロ・デビュー前の発掘ライヴ2枚組『En concert』を発表して初期の活動を総括したアンジュは傑作『異次元への罠』を発表、これが'70年代最後のアルバムと言えて、1979年にクリスチャン・デュカンは初のソロ・アルバム『Le Mal D'Adam(アダムの悪事)』を発表します。時代的にもロック・シーンではパンク以降の音楽が模索されていた時期で、多くの'70年代ミュージシャンが活動休止に追い込まれていました。アンジュの次作『Vu D'un Chien(犬から見れば)』1980は『異次元への罠』までのアンジュのようにヴォーカルとバンド・サウンドが拮抗したものというよりも、楽曲のポップス化とともにヴォーカリスト+バック・バンドに近づく傾向が見られました。アンジュはイタリアのバンコ同様ヴォーカリストの圧倒的力量と人気で'80年代はポップス化して乗り切り、'90年代になって'70年代ロック再評価が起こると昔の作風に回帰しましたが、ポップス化の間に相次ぐメンバー・チェンジがあり、1995年には一時的な解散ツアーを行います。クリスチャン・デュカンはChristian Decamps & Fils(クリスチャン・デュカンと息子たち)名義で子息トリスタン(キーボード)のバンドと組んでアルバム制作とライヴ活動を続けましたが、1999年にはフランソワを筆頭にアンジュのオリジナル・メンバーたちからも了解を取りつけて、そのままアンジュの名前を復活させました。

 とにかく、クリスチャン・デュカンとアンジュは'80年代~現在までも最低2~3年に1作ペースでアルバム発売している現役バンドです。1995年の一時解散までに20作、アンジュ休止期間中を含む「クリスチャンと息子たち」名義で1979年~2008年に8作、1999年のアンジュ名義の復活以後は18作と46作ものアルバムを発表し、最新作は2018年です。アンジュと並ぶフランスのロックの大物バンドはゴング、マグマ、カトリーヌ・リベロ+アルプになるでしょうが、ゴングは正確にはフランスを本拠地にした多国籍バンドですし、カトリーヌ・リベロのロック時代は'70年代きりになります。マグマは'80年代は長い間活動休止していた上に特異すぎる性格のバンドでした。アンジュはモナ・リザ、ピュルサー、アトールら有力なフォロワーを輩出したほど影響力もあり、リスナーからも批評家からも熱烈に支持されるバンドであり続けています。またアンジュもゴング、マグマに次いで日本でも比較的早くから国内盤で紹介されましたが、アンジュの日本盤がLP時代から発売されたのに同じフィリップス原盤のカトリーヌ・リベロ+アルプの日本盤発売が見送られたのが日本での知名度を分けています。リベロ+アルプの名盤がこの時日本発売されていたらゴング、マグマ、アンジュと並ぶ認知を受けただろうと思うと残念です。

 英語版ウィキペディアの紹介文ではアンジュはキング・クリムゾンジェネシスに影響されたバンド、と始まっています。クリムゾンの影響はメロトロンの効果的な使用と楽曲の構成でしょうが、『新ノア記』の「出エジプト記」や「砂糖戦争」を聴いてジェネシスの第3作『怪奇骨董音楽箱(Nursery Cryme)』1971を連想しないリスナーはいないでしょう。フォーキーな「農夫ゴドウィン」「酒神祭のバラード」や「錯乱の果てに(新ノア記)」もジェスロ・タルピーター・ガブリエル時代のジェネシスを思わせますし、かっこいいプログレッシヴ・ハード・ロック曲「アイザックの長い夜」や「光の子」もキング・クリムゾンの影響はあるにせよ、クリムゾンのような暗さ・狂気ではなくタルやジェネシスのような温かみと親しみのあるまろやかな仕上がりになっています。ジェネシスの『侵入(Trespass)』1970、『怪奇骨董音楽箱』1971、『フォックストロット(Foxtrot)』1972の3作はジェスロ・タルの『ベネフィット(Benefit)』1970、『アクアラング(Aqualung)』1971、『ジェラルドの汚れなき世界(Thick As Brick)』1972、『受難劇(A Passion Play)』1973と並んでイタリア、フランス、ドイツのロックに大きな影響を与えましたが、キング・クリムゾンの第4作『アイランド(Island)』はジェスロ・タルの第4作『アクアラング』、ヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーターの第4作『ポーン・ハーツ(Pawn Hearts)』と同年の1971年に発表されており、アンジュへのクリムゾン、タル、ヴァン・ダー・グラーフの影響はジェネシスからの影響に先行しています。ジェネシス自体がクリムゾン、タル、ヴァン・ダー・グラーフの影響下にあって、より洗練されたプログレッシヴ・ロックのスタイルに進んだバンドでした。

 そこで参考になるのがアンジュの発掘ライヴ『En concert : Live 1970-1971』で、LP2枚組に全曲未発表曲の1971年1月と3月のライヴが収録されていますが、1月分はかなりハードで攻撃的なスタイルで、タルやヴァン・ダー・グラーフ、ハードな曲のクリムゾンに近いサウンドです。バンド初期からのレパートリーらしく楽曲もブリティッシュ・ロック風で、ヴォーカルも後のクリスチャンの唱法とは別人のようですが、3月のライヴは新レパートリーらしくブリティッシュ・ロックの影響が稀薄になり、ヴォーカルもデビュー後のクリスチャンとはっきりわかるもので、バンド全体も粗削りながらデビュー・アルバムの作風に近づいています。結果的にジェネシスより少し遅れてジェネシスと似たヴォーカル・スタイルとサウンド・スタイルのバンドになりましたが、ジェネシスからの直接影響ではなく影響源が一緒で、ジェネシスのフォーク風味がブリティッシュ・トラッドならアンジュにはフランスの風土に根づいたジプシー系のシャンソン・スタイルがあったと思われます。クリスチャン・デュカンのヴォーカルはフランス語詞がまるでわからなくても豊かな表現力が伝わってきますが、それもバンドの、テクニック的には簡潔なギター(B3で一世一代のソロが聴けます)、キーボード、ベース、ドラムスのアンサンブルの巧みさがあってこそでしょう。このアルバムの最終曲は演奏がフェイド・アウトして自然音のSEで終わりますが、しみじみ本作を聴いているとタイトル曲で同じ手法を使ったイエスの最高傑作『危機(Close To The Edge)』1972より素晴らしいんじゃないかと思えてきます。

(旧稿を改題・手直ししました)