人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(30)

 あー、しょくぱんまんさまぁ、とドキンちゃんがモニターにがぶり寄りしました。監視カメラはちょうどアンパンマンの部屋に入ってきたしょくぱんまんカレーパンマンの姿をとらえ、その顔を交互にパンニングしていました。ばいきんまんの科学技術は世界的に抜きん出たもので、監視カメラには人工知能が搭載してあり、この知能は自己学習能力もあって状況に応じた適切な被写体を選択し、アップもロングの構図も判断して臨機応変に撮影するのです。おなじみばいきんUFOのエネルギー消費ゼロの反重力飛行回路といい、ばいきんまんの科学技術をもってしてこの世に実現不可能なことなど数える方が難しかったでしょう。ですがばいきんまんはそれをばいきんまんにとっての「悪いこと」にしか使わない、という確固たるポリシーを持っていましたし、仮に宿敵アンパンマンを倒す手助けの見かえりに一部でも技術提供を、と申し入れがあったとしても、やなもんだい、べべべのべー、と門前払いにしたことでしょう。アンパンマンはおれさまがひとりで倒すもんねー。でも倒せないのはなぜでしょう?
 それでこの倒れているものは何ですか?としょくぱんまんは顔色ひとつ変えずに尋ねました。しょくぱんまんはクールではありませんが、スマートな色白なのです。カレーパンマンは同じことを訊こうとしていましたが、しょくぱんまんに先を越されてしまったのでしゃがみこんでそれに近づくと、指先でツンツンと突ついてみました。ひッ、と変な声をもらしてその物体が転がったままのけぞったので、カレーパンマンは反射的に(さすがに必殺技のカレーパンチとカレーキックは自制しましたが)少量のカレービューをくらわせました。カレービューとは目くらましや牽制、威嚇に口からカレーを飛ばして相手に吹きかける攻撃です。
 本来軽い牽制にしかならないはずの攻撃ですが、効果はすさまじいものでした。それは床から飛び跳ねんばかりにのたうち、カレー汁まみれの半身をくねらせながら汁を飛び散らせ、何度も引きつったかのように痙攣するとあッ、あッと息を詰まらせ、横たわった紡錘形の細い方の先端から白く濁った汁をにじみ出しているのがわかりました。
 何なんですか、ジャムおじさん、とカレーパンマンは混乱して、問い詰めるような調子で尋ねました。ああ、あれは乳汁だろうな。第二次性徴期の始めによく起きることだよ。第二次性徴期?うむ。
 もう第三章完。