人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Andrew Hill - Grass Roots (Blue Note, 1969)

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Andrew Hill - Grass Roots (Blue Note, 1969)
Recorded at the Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey, August 5, 1968
Released; Blue Note Records BST84303, 1968
All compositions by Andrew Hill
(Side 1)
1. Grass Roots : https://youtu.be/gl036bGv1HU - 5:39
2. Venture Inward : https://youtu.be/mInfvzwHkHU - 4:44
3. Mira - 6:17 (no links)
(Side 2)
1. Soul Special : https://youtu.be/F3iBp1L7VYM - 8:20
2. Bayou Red : https://youtu.be/UZBMHybfXXw - 7:43
[ Personnel ]
Andrew Hill - piano
Lee Morgan - trumpet
Booker Ervin - tenor saxophone
Ron Carter - bass
Freddie Waits - drums

 実はこのアルバムは1968年4月12日に、
1. MC - 9:11
2. Venture Inward [First Version] - 4:34
3. Soul Special [First Version] - 8:51
4. Bayou Red [First Version] - 5:59
5. Love Nocturne - 7:33
 という曲目でオリジナル・テイクが録音されていた。『MC』は曲名で誤解するがちゃんとしたブルース曲で、『Love Nocturne』ともども再録盤では『Grass Roots』と『Mira』に差し替えになっている。4月録音のメンバーはセクステットで、ヒル以外は、
Woody Shaw - trumpet
Frank Mitchell - tenor saxophone
Jimmy Ponder - guitar
Reggie Workman - bass
Idris Muhammad - drums
 となっており、8月の再録音メンバーより世代が新しい。原『Grass Roots』(といってもタイトル曲は8月録音にしか入っていないが)のオリジナル・テイク5曲は現行版『Grass Roots』のCDにカップリングされており、1枚で不採用セッションと採用セッションの両方が聴ける便利なCDになっている。そこでわかるのは、このアルバムはブルー・ノートが初めて売れ線のアーシーなハード・バップの制作を要請して、4月のセッションではまだアーシーさが不足していると判断してヴェテランのリー・モーガンブッカー・アーヴィンをフロントに、手堅いロン・カーターとフレディ・イェイツをベースとドラムスに組んだのが8月の再録音セッションで、8月の人選にはヒルは関わっていないだろう。後にも先にもこんなアーシーで、曲によってはファンキーですらある、こんなアルバムはヒルには他にない。
 実は未発表に終わった66年3月録音の前作『Change』(2007.6発表)との間の1967年に、ヒルにはさらに3作の未完成アルバムを録音しており、2005年の3CD『Mosaic Select』に69年、70年録音の未完成アルバムとともに収録されている。アルバムは無題だが、
・1967.2.10.Sessions (5 Tunes)
Robin Kenyatta(as), Sam Rivers(fl,ss,ts), Andrew Hill(p), Cecil McBee(b),
Robinson(ds), Nadi Qamar(perc)
・1967.5.17.Sessions (7 Tunes)
Andrew Hill(p,ss), Ron Carter(b), Teddy Robinson(ds)
・1967.10.31.Sessions(5 Tunes)
Woody Shaw(tp), Robin Kenyatta(as), Sam Rivers(ss,ts), Howard Johnson(bs,tu), Andrew Hill(p), Herbie Lewis(b), Teddy Robinson(ds)
 で、順に内容を追うと、67年5月はピアノトリオ(オルガン演奏含む)。『Smoke Stack』からさらに抽象性を推し進めたスタイルになっている。67年10月は4管セプテット(チュ-バ入り)。アルバム『Pax』『Change』の拡大編成版の趣きがある。そして67年2月は2管クインテット+アフリカンドラムで、アルバム『Compulsion!!!!』の系譜になる。1年間で3枚録音して3枚ともボツとは尋常ではない。しかもヒルの音楽の難解さ、フリージャズ化は加速がかかっており、完成度は優れたメンバーの理解もあって、むしろ音楽的には前進しているとも言える。だがすでに『Pax』と『Change』の未発売が決まろうとしていたブルー・ノートでは、67年録音の3枚も未発売にして新規巻きなおしで新作を制作することになった。そうして68年4月のファースト・テイクが制作され、初のギター参加からブルー・ノート側はアーシーなファンキー・ジャズを期待したのだと思われる。

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 (Original Blue Note "Grass Roots" Liner Cover)
 ファースト・テイクのリンクを引けないので申し訳ないが、ジミー・ポンダーは優れたギタリストでアルバムのブルージーなムードを左右するほどの存在感を見せた。ウッディ・ショウとフランク・ミッチェルも鮮やかな手腕だったが、ホレス・シルヴァーサウンドに似てしまうのは仕方なかった。楽曲で傑出していたのは『Soul Special』で、他の曲も水準は高いがアルバムの核になる曲が『Soul Special』以外にももう1曲は欲しい。そこで『MC』(Master of CeremonyではなくMotor Cityだろうか)と『Love Nocturne』が外され、明快な8ビート・ジャズの『Grass Roots』とジャズ・ボッサの『Mira』が入った。LPのAB面冒頭に『Grass Roots』と、強力なジャズ・ロック(8ビート・ジャズ)『Soul Special』があれば、従来路線をやや和らげた程度のSide 1-2、Side 2-2があってもアルバムの印象は親しみやすく、後は安定したサウンドであればいい。ただし、従来路線をやや和らげた、とひと口に言っても『Venture Inward』や『Bayou Red』の演奏はこれまでのヒルの偏屈な作風からは大幅な譲歩を感じさせる。『Mosaic Select』で明らかになった1967年のヒルは過激化を極めていたのだったから、レーベルの意向にせよ自発的な作風転換にせよ、コマーシャル化は否めない。
 ブルー・ノートもヒルも不徹底なのは、4月セッションで好演したギターのポンダーを8月セッションでは外したことだが、たまたまアルバムが全曲8月セッションで出ることなったので、4月セッションと8月セッションから良い出来のテイクを選曲するつもりだったのかもしれない、リー・モーガンブッカー・アーヴィンがフロントなら、ギターの入らない標準クインテットでいい、という判断もあっただろう。『Soul Special』や『Grass Roots』なら、8ビート・ジャズの先駆『Sidewinder』1963のヒットを持つモーガンには相応しいし、アーシーなテナーならちょうどブルー・ノートに移籍してきたばかりのアーヴィンがいた。モーガン65年のアルバム『The Rumproller』はピアノはロニー・マシューズだが、アルバム・タイトル曲はアンドリュー・ヒルが提供している(自分のアルバムではやっていない)。『The Rumproller』はモーガンらしいとっぽい良さのある秀作だったし、ヒルの作曲の評価は高かった。

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 (Original Blue Note "Grass Roots" LP Side 1 Label)
 この『Grass Roots』も単独で聴くなら十分楽しめるのだが、名曲『Soul Special』などモーガン、アーヴィンの手馴れたソロに続くヒルのピアノ・ソロがあんた自分の曲だろ、と突っ込みたいくらい拙い。やる気のなさを疑いたくなるような気迫の感じられないソロなのだ。また、モーガンもアーヴィンも名手なのだが、アイディアにムラのあるプレイヤーでもあり、『Grass Roots』と『Soul Special』はさすがに外さないが『Bayou Red』は先発ソロのアーヴィンが6/8拍子のモード系の曲だからか、手癖の連続でしかない演奏になってしまう。それを受けてモーガン全音符で中音域をなぞるだけの気の抜けた演奏になり、またまたやる気のないヒルのソロが続き、ベースの短いブレイクを挟んでユニゾンでカットインするモーガンとアーヴィンが曲のエンド・テーマだけは元気良く、エンディングだけ元気良くてもなあ、と思っているうちに終わる。
 これだったら変態ブルースの『MC』をアルバムに残しておいても良かったんじゃないか、と思えるのは、ヒルのピアノは4月セッションの方がまだましな演奏をしているからで、8月セッションは本当に覇気がない。フランク・ミッチェルのテナーはアルトみたいに軽いし、ベースも今回はレジー・ワークマンよりロン・カーターの方が珍しく重心が低いと思うが、『Soul Special』はポンダーのギターでユニークなサウンドになっているし、アーヴィンより明らかに下手なミッチェルのテナーがかえって効果を上げている。そしてウッディ・ショウはどの曲もモーガンより新しい感覚をもたらし、『Venture Inward』他に4月セッションと8月セッションで共通する曲は、ヒルの覇気も感じられる。未発表だった4月セッションがCDのボーナス・トラックで事実上の2in1リリースされたのは2000年になってからだった。『Bayou Red』など明らかに4月セッションの出来の方がいい。だが普通『Grass Roots』という時、68年8月セッションで制作されたオリジナル盤のことになり、ヒルとしてはこれが精一杯だったのだろうと思いながら聴くことになる。68年10月録音のアルバム『Dance with Death』は『Love Nocturne』を再び取り上げ、『Grass Roots』からヒルには不似合いだったアーシーなファンキーさ、8ビートを取り除いて『Grass Roots』よりずっと良いアルバムになっている。が、ブルー・ノートはこれも1980年の発掘廉価盤シリーズで発売するまでお蔵入りにしたのだった。