人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノジャムオジサン(74)

 大河をさかのぼる地獄の観光船は突然の嵐にあっけなく転覆しました。ジャムおじさんは例によって客室でバタコさんを犯しながら船旅中の猥褻行為もオツだわいと悦に入っていましたが、扉が激しく開いたと思う間もなく船室中が浸水したので、さすがのジャムおじさんにもワケがわからず、ただ本能だけがジャムおじさんを必死で船室からの脱出に向かわせました。ジャムおじさんは左手でバタコさんの二の腕をつかんで離さなず、何とか岸に近づいて失神しているバタコさんの呼吸を確かめて肩を組み(溺死していたら助けるだけ無駄ですから)、振り向くと観光船は舳先だけ水面から出して完全に沈むのも時間の問題でした。そこでフッとジャムおじさんは意識を失いました。
 目が醒めると、ジャムおじさんは上流の村落でゴザの上に寝かされていました。やあ、目を覚ましたぞ、と村人たちがジャムおじさんを取り巻いているのがわかりました。他にも生存者がいるのだろうか、と訊きたいことはありましたし、船を沈めたのは彼らの仕業だった疑惑もあります。しかし細かいことまでは会話は通じないので、ジャムおじさんは村人たちに導かれて村の中央広場に連れられていきました。村民たちは車座になってバーベキューや大釜のシチュー料理を取り分けていました。自然発生的コミューンなんだな、とジャムおじさんは食事の様子から推察しました。というよりも、いわゆるサヴェージという奴等にサルヴェージされる羽目になるとはな。
 食事の後は歌と踊りの、ちょっとした宴会が始まりました。いつもの習慣なのか、ジャムおじさんをもてなしてのことなのかは、ジャムおじさんから見ても微妙な調子にうかがわれました。そして結局、この連中はいつもこんな風にしているに違いない、と憔悴しきった頭でジャムおじさんは考えました。大河の上流の岸に住むのは、まあ未開人というやつだ。それでも私が助かったからには、船の乗客全員が溺死したということもあるまい。
 するとジャムおじさんは、焚き火の周りで踊っている男のひとりがバタコさんの調理帽をかぶっているのに気づきました。ジャムおじさんは男を呼び止めました。
 その帽子はどうした、とジャムおじさんは訊きました。ああ、これは女の帽子、と男は身ぶり手ぶりで答えました。
 それでその女はどこだ、とジャムおじさんは訊きました。さっき食った、あんたも、と男は答えました。
 暗くて風の吹く夜でした。