人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

真・NAGISAの国のアリス(37)

 君たちの話を聞いているとね、と毒グモ、いやドジソン先生は言いました、君たちと私たちには一連の事態について認識にずいぶん大きな懸隔があるようだ。おそらく客観的真実はさらに事態を俯瞰したあたりにあるのだろう。たぶんそれは突き止めてみれば簡単明瞭で、わかってみればあくびが出るほど退屈に違いない。地球上に厳密な意味での水平は存在しない、のだが概念としての水平は普遍的に存在する。君たちにとって現実であるものを私たちが変えることはできない、もちろんその逆もだ。どうするね?この女にしても同じことだ。君たちが彼女をどう頼ろうとも、彼女は君たちを本質的には助けることはできない。
 それはあなたの言い分です、とサルはムキになって抗弁しました、僕らは直接この人の知恵を借りたいんです。
 そうか、君たちは若いな、とドジソン先生。男も中年になると女一般にそこそこ悟りができる。まず女は食習慣についても男と違う動物だということに絶望せねばならない。まず連中はモツ煮や脂身、アナゴやシメサバを好まないのだ。干しシイタケは食べるが生から調理したシイタケは食えなかったりする。畜肉や魚介、ヴェジタブルやフルーツの好き嫌いもヒジョーに多い。ピーナッツや干しぶどうは好き嫌いでも構わないと思うが、好きではなくてもそこにあるものを食えるのは生物の生存がかかった適性問題だろう。私は食い物の好き嫌いにうるさいやつはブン殴りたくなるのだ。
 それはそれでいいですが、とカッパ、このままだと僕たち殺されてしまうんですけど。あのウサギと、その連れの女の子に。
 アリスね、とおねいさんは不機嫌にドジソン先生に向き直ると、あの子のことは先生にも責任あるんじゃありません?
 私がかい?とドジソン先生は肩をすくめると、私は教育者だが、他人に教えられるのは数学と哲学くらいのものだよ。
 数学と哲学の世界では、とセリフの少ないイヌが真面目な顔で訊きました、他人の命はそんなに安いものなんですか?
 ドジソン先生が答える間もなく、客車と客車のあいだの扉が開きました。アリスが来たわ、とロリーナ。ウサギもね、とドジソン先生。なあにすぐにはバレはしないさ、彼らは地球を突き抜けてきた、私たちは地上を迂回してきたからね。私たちは歳をとった、がアリスは一瞬で今ここに現れたのだ。
 そしてアリスが現れました……少年のような男装で、ウサギの両耳をつかんでぶらさげながら。