人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

真・NAGISAの国のアリス(69/Franz Kafka "Der Process"より)

 もう少し哲学を入れなさいよ、と渚の国のアリスは言いました、あんたの顔色はあまり良くないわ、まるで黒いお腹の中に秘密でも抱え込んでいるみたいに。
 余計なお世話よ、と鏡の中のアリスは答えました、私は自分のやりたいことは自分で決めないと気が済まないんだから、たとえそれが自分の理性でも逆らいたい時には逆らうわ。
 何をやってるんダス?とハートのキングが格子越しに覗きこみました。アリスは慌てて霊魂をひっこめると、ひどいわ、女の子の部屋を覗くなんて。
 覗くも何もお前は監視されているダス、とハートのキング。牢獄とは誰の部屋でもないものダスよ。
 誰の部屋でもないんなら、あんただって覗く権利はないじゃない、とアリスは抗議しました。ハートのキングはフフッとせせら笑うと、その理屈は通用しないダス。なぜならここは国家権力の部屋ダスから。
 私が何をしたっていうのよ!とアリスは叫びました。私が犯罪者じゃないのは、私自身が知っているわ。
 もしお前が犯罪者でないなら、とハートのキングは言いました、お前でない誰かが犯罪者ダス。お前でない誰もが犯罪者でないなら、他でもないお前以外に犯罪者はないダス。
 そんな理屈ってないわ!とアリスは地団駄を踏みました。何でダス?とハートのキング。だって、とアリス、もし私が悪人かもしれないっていうだけがこんな仕打ちをされる根拠なら、誰だってこんな目にあう理由はあるってことじゃない?
 そこダスな、とハートのキングは腕組みしました。お前は肝心なことをわかっていないダス。そんなのわからなくって当然じゃない、とアリス。それそれ、そこダス。
 ハートのキングは声を低めました。以前この部屋には絞首刑にされた男が入れられていたダス。そいつは平凡な勤め人の独身男だったのが、ある日突然逮捕されてここにぶち込まれ、一時的な釈放期間もあったが何度も裁判にかけられた結果、正式な判決なしに絞首刑に処せられたのダス。
 その男は罪を認めたの?
 いや全然。罪も何も、そもそも訴状自体のない裁判だったのダス。
 ひどい話!とアリスは叫びました、何で訴えられる罪もなかった人が死刑にされたのよ?それじゃあ誰が、何の理由もなしにいつ処刑されてもおかしくないじゃない?
 理由はあるダス、とハートのキング、自分は無罪だと主張すること、それ自体が極刑に値する罪状なのダス。
 そんなの法治国家じゃないわ!
 誰がそう言ったダス?