人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

たらこと明太子のスパゲッティ

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 たらこや明太子を買ってきて炙り焼きし、ほぐしてバターなりマーガリンなり(サラダ油でもいい)で延ばせばもっとありがたい一皿ができる。たいした手順はかからないし客人をおもてなしするのであればそのくらい手間をかけてもいい。しかし一人前のスパゲッティ、しかも食べるのは調理した自分となると、揚げ物ほどではないが麺を茹でる前から飽きてしまうのだ。揚げ物の場合は調理中から油むせするからよほど設備の整ったキッチンでないと台所中がむせ返る。ワンルームマンションで揚げ物するのは自殺行為にも均しい。
 それに較べればスパゲッティソースなど物の数にも入らないが、しかし生のたらこや明太子があったらスパゲッティなどに使わずに、そのままご飯に添えていただく以上においしい食べ方があるだろうか。一方、たらこスパゲッティや明太子スパゲッティが実においしい和風スパゲッティなのも承知していて、ミートソースはおろか塩ガーリックやナポリタン(ナポリナポリタンはないそうだが。フランスにフレンチドレッシングがないのと同じらしい)ですらしつこく感じる時に食べたくなる。で、その場合たらこなり明太子なりの買い置きがあってもそれはご飯に乗せて食べるので、そういう時のために出来合いのスパゲッティ用たらこソース、明太子ソースをスーパーの特売で買い置きしてあるのだ。これもそれで作った。

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 文頭の画像がたらこスパゲッティ、二番目の画像が明太子スパゲッティになる。色味が違うだけでほとんど同じように見える。初めてたらこスパゲッティ(か明太子スパゲッティのどっちか)を食べたのは高校時代にガールフレンドと入ったパスタ店で、そういう店が流行り始めた1980年代初頭のことだった。ふたり合わせて35歳にもならないカップルだったと思うとゾッとする。先日店じまいした渋谷のパルコにも行きましたよ、当時の屋根裏(ライヴハウス)はロンドン(ショーパブ)の4階で、月に1度くらいインディーズ(という言葉もまだなかった)のバンドのライヴを観に行くのが楽しみだった。当時は単独で100人以上の集客力のある日本の若手バンドはほとんどなかった。
 そのくらい昔の話で、そのガールフレンドとは20代初めに他人になったが、それからもう30年経っている。気づいてみると恨みを買わずに別れた相手はいない。つくづく自分の人徳の欠如を思う。死んだ母や生き別れの娘たちにも匙を投げられたあげくの別れだった気がする。娘たちは幼児の頃からたらこスパゲッティが大好きだったのでよく作ってあげたものだ。たぶん今でも大好きだろう。ただし別れた父親のことなど一切思い出さないに違いない。