集中豪雨でそこそこ気温は下がったが、やはり湿度は高いな、とムーミンパパは換気扇を回すよう命じるとパイプを手にとり、例えばこの中に3つの文明が結びついている、と煙草の葉を詰めながら講釈しました。まず自然薬物学、いわゆる本草学の文明。それから喫煙文化の文明。さらに輸出入商品の文明と税制経済に関わる特別課税の文明だ。
それじゃ4つじゃんと突っ込む客は誰もいませんでした。なるほど、とスノークは鼻筋をなぞりながらうなずきました。つまり鼻くそ処理にも3つの文明があることになりますね。第1に生理学の鼻くそ文明、第2に衛生学の鼻くそ文明、そして最後に美容術の鼻くそ文明となるはずですが、われわれトロールの鼻の孔は見かけだけだからどのみちあまり関係ないありますん。概念として鼻くそほじりという仕草を知っているだけです。パイプ煙草を止められないのとは事情が違います。
私だって喫いたくて喫っているんじゃない、とムッとしてムーミンパパ。結婚を境に先代ムーミンの私はムーミンパパと呼ばれる身分になり、それに伴い私の頭にはシルクハット、掌には喫煙用パイプが生えてきたのだ。パイプはまだしもだった。私だってハイティーンの頃には旨いとも思わず紙巻き煙草を嗜んだ過去がある。だが全裸にシルクハットだけの姿とはどうだろうか。最初私は慣れの問題にすぎないだろうと思ったのだが……。
ムーミンパパはひと息つき、もちろんその程度で驚くムーミン谷の隣人はいなかった。このシルクハットはよく躾の利いたやつで、礼儀作法の必要な時や、入浴や就寝時には着脱可能という融通も備えていた。だが私は気づいたのだ、すなわち私は今やそれらの物象によりムーミン谷と結びついた存在で、私という記号はそれなしにはムーミンパパと認識されないほどアイデンティティを上書きされてしまったのではないか。つまりそこには私ではない、物象がまず先にあるのだ。
何それ、ウケるぅ、とフローレンが不敬なせせら笑いをしました。ボーイフレンドのお父さんにそれはないですが、実は偽フローレンだったので反射的にコギャル的脊椎反応をしてしまったのです。
それって人としてどうよ、とムーミンもつられて若者ことばで父親を嘲りました。実はこちらも偽ムーミンですし公称年齢では若者ことばを使うのに不自然はないですが、ムーミン族はトロールですからトロールどうしが「人として」と言っても無意味です。