人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・誡(43)

 昔むかし、ムーミンパパがまだただのムーミンだった頃……ムーミンとは代々ムーミン族に受け継がれてきた名前ですが、ムーミンパパは生まれついての天涯孤独の孤児でした。ムーミン族の後継ぎが所有していなければいけないとされるつるぎ、鏡、勾玉の3種の神器はムーミンパパの先代のムーミンまではきちんと神棚にひとまとめに飾られていたらしいのですが、この先代ムーミンは妻帯せずに子を残したかどうかも不明なまま行方をくらませてしまったのです。ムーミン谷の冬は寒く、もう何週間も降り続いた雪が谷の住民を家々に閉じ込めていました。ひとり暮らしのムーミン家当主はフィリフヨンカさんのつてで家事賄いを雇っていましたが、ちょうど当番に当たるフィリフヨンカさんの姪(といっても相当なおばさんですが)が雪の止んだあいまに訪ねていくと、先代のムーミンさんの姿はなく大量の血痕が暖炉の前に広がっていました。
 争いがごく短かったのは居間に残った痕跡からも明らかで、大量の血痕がムーミンさんのものだとしても抵抗する余地はほとんどないまま決着がついたと思われます。つまりだ、とヘムル署長は言いました、これは普段から面識のある者同士の間で不意打ちするように行われた犯行に違いない。だが被害者がムーミンさんと断定するのは早計で、たとえ先に襲ってきたのが客の方で正当防衛だとしてもムーミンさんが犯人ということもあり得るのだ。遺体もしくは重傷な被害者が現場に残っていない以上、証拠となるのはこの大量の血痕なのだが、あいにくムーミンさんの血液型の記録などまったく谷に残されていない以上われわれムーミン谷警察もお手上げで、誰であれ被害者の遺体もしくは重体の発見を待つしかないのだ。
 とヘムル署長が告げるやいなや、ムーミン谷の女性住民から一斉にムーミンさんの血液型はAだBだOだEだABだEOだ、とあらゆる根拠なき憶測が飛び交いました。無駄な議論をしおる、とジャコウネズミ博士がヘムレンさんと顔を見合わせました。ムーミン谷では血液型は行いによって変わるからです。それにトロールの自己再生能力は本人たちですら驚くほど高いので、果たしてどれだけの流血が決定的な惨事を示すものかも論議の余地がありました。もし被害者がムーミンさんなら、それは神棚に祀られた3種の神器が持ち去られていたことと関係があるはずです。そしてそこに現れた孤児こそがムーミンパパだったのです。