人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2016年11月1日~5日

 10月は1日3~4本の映画を観て脳味噌がスカスカになってしまいました。チャンバラ小説を詠みすぎたアロンソ・キハーノご隠居が気づいたらドン・キホーテになっていたようなもので、せいぜい1日2本が適正なのではないかと考え直した次第です。少し疲れたので、11月は90分未満の作品から始めることにしました。社会学ドキュメンタリー映画~実験的政治プロパガンダ映画~性風俗・ポルノ映画、と一見とりとめありませんが、社会の根源、また人間の本性にいちばん近いのはこれらのジャンルではないでしょいか。
 以上こじつけ終わり。ジガ・ヴェルトフの『ドンバス交響曲』と『レーニンの三つの歌』は今回初めて観る機会を得ましたが、『カメラを持った男』の監督が進んだ作風がこれなのか、と胸に迫るものがあり、またゴダールの「ジガ・ヴェルトフ集団」は早計な勘違いがあるな、と思わされました。


11月1日(火)

ジガ・ヴェルトフ『カメラを持った男-これがロシアだ(2014年Flicker Alleyレストア版)』(ソヴィエト'29/西欧公開'31最終版)*69mins, Silent with Sound, B/W
・先日2002年BFIレストア版(音楽マイケル・ナイマン)を観直したばかり。欠落部分の補填は数カット程度だし画質は同等、クレジットやインタータイトルの復原はBFI版の出来が上だが、ヴェルトフの指示通りに再現したサウンドトラックがナイマン版より自然で良い。ナイマン版は音楽がでしゃばりすぎる。サイレント作品のサウンドトラックの難しいところ。

ジガ・ヴェルトフ『熱狂-ドンバス交響曲』(ソヴィエト'31)*66mins, B/W
・ドンバス地方の工業の5か年計画を追った作品。本作からトーキーになるが、ヴェルトフのサウンド処理はトーキーというよりサウンド版。冒頭からしばらくはモンタージュ中心の映像構成だが、後半になるにつれフィックスの長回しになり叙情的になるのが興味深い。


11月2日(水)

ロバート・J・フラハティ『アラン』(イギリス'34)*73mins, B/W
萩原朔太郎の『氷島』の由来となった孤島ドキュメンタリーの傑作。アイルランドの孤島アラン島は岩石ばかりの島で、こんな島にも住民がおり、農業も漁業も困難を極める。荒涼とした風景に黙々と生きるアラン島住民の生活を描き、一度観たら忘れられない。

ジガ・ヴェルトフ『レーニンの三つの歌』(ソヴィエト'34)*59mins, B/W
・完成後プレミア公開のみで封印され、一般公開はヴェルトフ沒後、スターリン没後になった問題作。レーニンの精神を継ぐソヴィエト人民3つの面、という切り口が独裁化の進むスターリン体制で忌避されたらしい。この作品まで来ると『キノ・グラーツ』や『カメラを持った男』のモンタージュ手法は稀にしか使われなくなり、長回しのフィックスで美しい画面構成を狙ったものになっている。


11月3日(木)

ジャン=リュック・ゴダール『たのしい知識』(フランス'68-'69)*93mins, Eastmancolor
・前作『ありきたりの映画』は素人俳優の学生グループを起用して散漫さを感じさせたが、本作はジャン=ピエール・レオーとジュリエット・ベルトが本人役で出演してこの2人の対話に限定して成功した。この手法は1作限りしか使えないのはゴダールにも分かっていたはず。

ジガ・ヴェルトフ集団(ジャン=リュック・ゴダール&ジャン=ピエール・ゴラン)『東風』(フランス/西ドイツ/イタリア'69-'70)*93mins, Eastmancolor
・ついに現役の政治青年をブレインにジガ・ヴェルトフ集団を名乗った映画作りに突入したゴダールアンヌ・ヴィアゼムスキージャン・マリア・ヴォロンテをキャストに据えた政治的寓意西部劇映画の撮影過程のメイキング、という入れ子状のメタ映画で、インパクトは非常に強いが途中で放り出した観もあり。エイゼンシュタインとヴェルトフを対比した、あまり公平とは言えない革命映画の定義も論じられる。


11月4日(金)

溝口健二歌麿をめぐる五人の女』(松竹京都'46)*95mins, B/W
・溝口の戦後第2作目で世評は低いが、前半のコメディ調から人情劇になっていく後半の流れがスムーズで惹きこまれる。出版主・蔦屋重三郎の印刷工房、浮世絵出版事情など予備知識があるとなお面白い。歌麿はあくまで狂言回しで、溝口作品の系譜では異色でも十分楽しめる。

神代辰巳『四畳半襖の裏張り』(日活'73)*72mins, Eastmancolor
・廓つながりで日活ロマンポルノの名匠の代表的傑作を観る。溝口の後に観るとこんなにあっさりしてたっけ、と思うがこの洗練が良いところで、笑わせ泣かせてとぼけた味わいは日活ロマンポルノ時代、その頂点ならではの持ち味。


11月5日(土)

溝口健二『夜の女たち』(松竹京都'48)*73mins, B/W
・敗戦後の世相を舞台にした私娼もので、いわば溝口版『肉体の門』。刺激的な題材から溝口の戦後最初のヒット作になった。『西鶴一代女』1952までは溝口迷走期と言われて本作の評価は下がったが、迷走中ならではの迫力がある。

神代辰巳『赤線玉の井・ぬけられます』(日活'74)*78mins, Eastmancolor
・日本盤未DVD化で、イギリス盤『Street of Joy』が大陸書房版VHSヴィデオ起こし(ライセンス未収得版?)で出ている。昭和33年の売春防止法施行直前、いわば赤線最後の日・昭和32年晦日の1日の笑いとエロスと無常感を描いた、これは『四畳~』以上の傑作です。