人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground - Live at The Hilltop Rock Festival (August 2, 1969)

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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground - Live at The Hilltop Rock Festival (August 2, 1969) Complete Concert : http://www.youtube.com/playlist?list=PLaNVzSeMVxQnGRUReQxLv8Q6ayvzQGaP-
Recorded live at The Ostrich/Hilltop Rock Festival, New Hampshire, August 2, 1969 (1-5, complete concert), expect Track 6 recorded at the 2nd Fret, Philadelphia, Spring 1970 (but is actually the Sister Ray/MurderMystery from La Cave, January '69).
All songs written by Lou Reed expect as noted.
(Tracklist)
1. I'm Waiting For The Man - 7:20
2. Run Run Run - 10:36
3. Pale Blue Eyes - 6:04
4. What Goes On - 11:40
5. Heroin - 6:55
(Bonus Track)
6. Sister Ray (Velvet Underground) : https://youtu.be/VEM1wayCOjI - 25:55
[ The Velvet Underground ]
Lou Reed - lead vocal, guitar
Sterling Morridson - guitar, vocal
Doug Yule - bass, organ, vocal
Moe Tucker - drums

 1966年10月にプロ・デビューしたヴェルヴェット・アンダーグラウンドは1968年9月上旬までの2年間はルー・リードジョン・ケイルの双頭リーダー制でアンディ・ウォホールお抱えのポップ・アート系イヴェントご用達バンドだったのに対し、ケイルが脱退してダグ・ユールが加入した1968年9月下旬~ルー・リードが契約満了で脱退した1970年8月までの後期2年間のヴェルヴェットはドサ回りの巡業営業バンドになった次第は前回までにご紹介した通りです。さらにヴェルヴェットはリード抜きでユールが率いることになり、オリジナル・メンバーのスターリング・モリソンが1971年(英文科教職に転向・'90年代に音楽界に復帰、'95年逝去)に、モーリン・タッカーが1972年に(地方移住し5児を出産、'80年代に音楽界に復帰)に脱退した後ロンドンで現地ミュージシャンを起用したアルバム『Squeeze』'73をユール一人でヴェルヴェット名義で制作・発表し1974年までメンバーを補填してヴェルヴェット名義で活動しましたが、通常はリード脱退後のヴェルヴェットは別バンドと見なされています。本題は1968年9月~1970年8月の後期ヴェルヴェットで、リーダーのリードはソングライターであり楽曲印税があるだけまだしもメンバーはバンド活動の合間にアルバイトしても月収200ドルそこそこで生活し、モリソンやタッカーが口を揃えてバンドは搾取されていたという通り、ライヴの本数は激増したのにマネジメントがほとんどギャラを握っていたようです。
 しかし皮肉なもので、後期ヴェルヴェットの新マネジメント体制がバンドにドサ回り巡業を強いたおかげで'80年代末以降20年以上を経て後期ヴェルヴェットのライヴ音源が次々と発掘され、それまでは解散後にリードの脱退当日のライヴ『Live at The Max's Kansas City』'72('70年8月、バンド関係者により客席録音)、『1969: The Velvet Underground Live』'74('69年10月・11月、ライヴ会場オーナーによりモニタリング・ミキサー卓録音)が知られたきりでした。'80年代末以降に海賊盤で発掘されたライヴ録音は10数回分に上り、公式発売でも当時バンドの熱心なファンで法科大学生(弁護士資格取得)であり後にリードのバンドのギタリストになったリチャード・クワインがバンドを追いかけ各地で客席録音した音源の集成でCD3枚組『The Quine Tapes, Vol.1』'2001が話題になり、とどめを刺したのがリード逝去(2013年)後の2015年に発売されたCD4枚組『The Complete Matrix Tapes』('69年11月録音)で、2枚組LP『1969』の一部はこの音源から採ったものでした。マトリックスはジェファーソン・エアプレインのリーダー、マーティー・ベイリンがサンフランシスコのダンスホールを買収して経営したロックのクラブハウスで、一般に欧米ではコンサート主催者や会場オーナーには公的な録音権とその音源の著作権が得られるので、特に海外(主にイギリス)からの人気バンドや西海岸公演の珍しいニューヨークのヴェルヴェットはしっかり2日・4回分の公演がマルチトラックのモニタリング・ミキサー卓からプロの音響技師によって録音されていたのです。モリソンやタッカーはかねてからヴェルヴェットがプロの機材と技術者による公式ライヴを残していなかったことを後悔する発言をしていましたが、それを一挙に挽回した驚愕のマトリックス音源については次回リンクともども改めてご紹介します。

(Unofficial Not on Label "Complete Ostrich/Hilltop Concert" CD Liner Cover)

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 さて、今回のヴェルヴェットの発掘ライヴは録音状態は客席録音の典型のようなものです。曲間はもちろん演奏中でものべつまくなしにテープレコーダー近くの客の会話が入ります。ただし客の会話を気にしなければ客席録音としては楽器のバランスの取れた良い位置と適度に抜けの良い音質で録音されており、正規発売するにはこの客席のガヤは致命的なので(デジタル除去するには手間と経費が売上見込みに見合わないでしょう)、せいぜいハーフ・オフィシャル(録音者の著作権のみ公式)リリースが限度でしょう。ヴェルヴェットの現存メンバーがリリースを許可すれば公式発売も可能ですが、それもまず考えられません。主催者もしくは会場オーナーによる録音ではなく一観客による録音なのは録音状態で明らかです。ただし主催者もしくは会場オーナーによって同一公演が録音されており、そのテープが発掘され良質な録音でしたら公式発売もあり得ます。本音源(1~5)がヴェルヴェットのライヴ史上特筆すべきなのは、ルー・リード率いるヴェルヴェットが4年間で野外コンサートに出演したのはこの1回、ニューハンプシャー州オストリッチ1969年8月2日のヒルトップ・ロック・フェスティヴァルでのことでした。アンダーグラウンドが野外コンサートとは愉快な冗談ですがヴェルヴェットがたぶん数千の観客の前で演奏したのは1993年のオリジナル・メンバーの一時再結成以外この時だけだったでしょうし、3月に発売されてチャートインすらしなかった新作含めアルバムも買ってほしかったでしょう。これはヴェルヴェットでもかなり気合いの入った良い演奏で、野外ロック・フェスティヴァルと思うと臨場感に溢れた良い録音です。ちなみにロック・フェスティヴァルは1966年のニューポート・フォーク・フェスティヴァルが実質的にはロック中心で、1967年・1968年にはジャズ・フェスティヴァルの伝統が1957年からあったモンタレー・ポップ・フェスティヴァルがジミ・ヘンドリックスオーティス・レディングジャニス・ジョプリンをスターにし、このヒルトップの2週間後の1969年8月15日~17日にはニューヨーク郊外の農地ウッドストックで前代未聞の40万人コンサートが行われます。ヒルトップ・ロック・フェスティヴァルはヴェルヴェットがヘッドライナー、ヴァン・モリソンがトリで、ヴェルヴェットは実質無名バンドでしたから当時同じMGM所属のヴァン・モリソンの抱き合わせ出演とおぼしく、出演者は全員ノーギャラだったそうですからレコードのプロモーション出演だったのでしょう。あとはノーギャラでも出演歓迎のローカル・バンドばかりだったようですから規模は推して知るべしですがそれなりに集客力はあったらしく、ヴェルヴェットのタイトかつ開放感のあるステージも野外ロック・フェスティヴァルならではのいつもと少し違う乗りがあります。選曲も親しみ易く、コンパクトに代表曲が揃ったセットリストです。
 なおボーナストラック6はCDの記載では1970年春のフィラデルフィアのクラブ、ザ・セカンド・フレットで収録とありますが(リンクには「Boston 15/3/69」とありますが)、聴き較べるとこれはクリーヴランド1969年1月のクラブ「ラ・ケイヴ」公演とされる演奏で、同時期は毎公演「Sister Ray」を演奏しており混乱しますが冬・春・夏のボストンでの同曲、'69年秋のサンフランシスコの同曲より激しい演奏で、ケイル在籍中のスタジオ盤第2作『White Light / White Heat』'68.1の17分ヴァージョンやケイル時代のライヴ音源の密度には適いませんが、この曲ではケイルの後任者ユールがオルガンに回りベースレス編成になるためリードとモリソンの2ギターとタッカーのラウドなドラムスがボトムのスカスカなサウンドを埋めており(ヴェルヴェットは同曲と「Heroin」がベースレスです)、20分台のさらに長尺化したヴァージョンがユール加入後のライヴでは標準的になっています。ここで聴けるヴァージョンはライヴ版「Sister Ray」でも屈指の名演ですが、何しろ海賊盤のデータなのでフィラデルフィアではなくクリーヴランドが本当なのかも確実ではありません。ボストン公演で3月15日音源は存在せず(「The Guitar Amp Tapes」は3月13日です)、どのボストン公演の音源でもないのは確かです。海賊盤によってはヒルトップ・ロック・フェスティヴァル音源のメンバーをリード、ケイル、モリソン、タッカーとしている勘違い盤もありますが、発掘ライヴまで聴くリスナーは相応の予備知識も求められる好例でしょう。幸いヴェルヴェットのバンド史はさほど複雑でもなく、熱心なコレクターによって相当詳細な内部・周辺事情まで解明されているのです。