人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground - The Complete Matrix Tapes (Polydor, 2015)

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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground - The Complete Matrix Tapes (Polydor, 2015) incomplete : http://www.youtube.com/playlist?list=PLub5jyJ0tyzDbp1M9ga7OKqMIhfGK8IG8
Recorded live at The Matrix, San Francisco, CA, November 26&27, 1969
Released by Polydor Records 00602547549013, November 20, 2015
All Songs written by Lou Reed expect as noted.
(Tracklist)
1. Sweet Jane (Version 1) - 5:11
2. We're Gonna Have A Real Good Time Together (Version 2) - 3:41
3. White Light/White Heat (Version 1) - 9:27
4. Sister Ray (Velvet Underground) - 36:53
5. I'm Waiting For The Man (Version 3) - 5:30
6. What Goes On (Version 2) - 4:34
7. Some Kinda Love (Version 4) - 4:03
8. Sweet Jane (Version 2) - 4:18
[ The Velvet Underground ]
Lou Reed - lead vocal, guitar
Sterling Morridson - guitar, vocal
Doug Yule - bass, organ, vocal
Moe Tucker - drums

 本作でCD4枚にまとめられたサンフランシスコのロック・クラブ、マトリックスの1969年11月26日・27日の公演は1974年のLP2枚組発掘ライヴ盤『1969: The Velvet Underground Live』の半分(もう半分は1969年10月のテキサス州ダラスのクラブ、エンド・コール録音)で小出しにされ、さらにのちにルー・リード・バンドのギタリストになるリチャード・クワインによる客席録音が2001年の3枚組発掘ライヴ・アンソロジー『The Quine Tapes』に『1969』とほぼ重複しない演奏が収められてデータ記載のなかった『1969』音源がマトリックス収録と4半世紀を経て判明しましたが、リスナーがひっくり返ったのは2014年発売のCD6枚組『Velvet Underground (III) 45th Anniversary Edition』です。この豪華版ボックスは1枚目~4枚目にはリマスタリングされたオリジナル・ステレオ・ヴァージョン、ルー・リード自身の初期ミックス、プロモーション用モノラル・ミックス、アルバム未収録曲集が収められましたが、ボーナス・ディスクの5枚目と6枚目には1969年11月26日・27日のマトリックスのライヴ音源が18曲収められ、それまで公式発掘ライヴ『 Live at Max's Kansas City』'72、『1969』、『The Quine Tapes』に1980年代後半以来10数種類以上が発見されてきたヴェルヴェットのライヴ音源がすべて客席のアマチュア録音でプロの録音技師によるミキシング卓ライン録音は存在しない、という定説が覆りました。マトリックスはジェファーソン・エアプレインのリーダー、マーティ・ベイリンが経営したクラブですが、ロサンゼルスやサンフランシスコのクラブでは出演アーティストのライヴ録音を残しておく伝統が'40年代ジャズの時代からあり、アメリカの著作権法では会場提供者やコンサート主催者に録音の権利と音源の版権が認められていることからニューヨークのインディー・レーベルのブルーノートやプレスティッジ、リヴァーサイド、ロサンゼルスのインディー・レーベルのパシフィックやコンテンポラリーは良いライヴならクラブから音源を買い取って発売していました。マトリックスでもミキシング技師がライヴの音響監督を勤める傍らきちんとプロユース機材で録音を残していたのです。
 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの本格的再評価は2枚の未発表曲集『VU』'85、『Another View』'86が発売された頃から始まり、海賊盤の発掘ライヴが出回り始めたのもその時期で、CDの普及が海賊盤市場を活性化させた時期と重なります。商品として原価価格が非常に高くつくLPではよほどの人気アーティストでないと海賊盤の発売には高いリスクがつきますが、原価が破格に安くつくCDではほとんど捨て値でも利益が出るので、LP時代には海賊盤発売などまず考えられなかったようなアーティストの重箱の隅を突つくような音源まで海賊盤CDが横行することになりました。ヴェルヴェットは1993年にジョン・ケイルを含むオリジナル・メンバー4人(ゲスト・シンガーのニコは1988年逝去)で期間限定再結成をしますが、フルタイム・ミュージシャンのキャリアを続けてきたルー・リードジョン・ケイルはともかく、完全にミュージシャンを引退し教職(英文学)に就いていたスターリング・モリソンと、'70年代には音楽活動を休止し'80年代ようやくローカル・ミュージシャンとしてインディー・レーベル規模の活動を再開していたモーリン・タッカーにはヴェルヴェット時代に自分たちのキャリアのピークがあったという思いを抱いていたとおぼしく(そこがリードやケイルとは違うでしょう)、プロの手になる当時のヴェルヴェットの公式ライヴを残しておくべきだった、とモリソン、タッカー両者ともに発言しています(のちにケイル所蔵の音質・バランス良好な1967年4月のライヴが公式発売されましたが)。1993年期間限定再結成は公式ライヴ映像もライヴ盤も発売されましたが、前期メンバーのケイル脱退の年からちょうど25年も経っているわけで、往年の楽曲で固めた黄金のセットリストとはいえ1993年のリード、ケイル、モリソン、タッカー個々の音楽ではなく1968年のコンセプトに戻って演奏したのにすぎないとも言えます。

(Polydor Records "The Complete Matrix Tapes" 4CD Box Liner Cover)

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 そういう次第で『Velvet Underground (III) 45th Anniversary Edition』のディスク5と6のマトリックス・ライヴはヴェルヴェットにプロによる公式録音レベルの秘蔵音源があった、10数種あるオリジナル・ヴェルヴェット(ただしダグ・ユール加入の後期)のライヴ音源でも間違いなく最高音質でこれ以上は望めない極めつけの録音と断言でき、現役バンドの最新録音と言っても通用する、と話題騒然となったのですが『45th Anniversary Edition』のちょうど1年後にCD4枚組の本作『The Complete Matrix Tapes』が発売されて『Velvet Underground (III) 45th Anniversary Edition』の価値は一気に下落しました。4枚組で22曲42テイク、4時間半を収録した本作から半分だけ選曲して先行発売したのが『45th Anniversary Edition』のディスク5と6だったのです。コンプリート盤を出すなら何で半端に小出ししたんだよ、コンプリート盤を買わないわけにはいかないが『45th Anniversary Edition』で半分は持っているリスナーにはあんまりだ、とユニヴァーサル傘下ポリドールのやり口にブーイングが殺到しましたが、内容は文句のつけ所がありません。ジョン・ケイル在籍の前期ではなくダグ・ユール在籍の後期ヴェルヴェットですが、ヴェルヴェットはライヴ音源ごとにかなり演奏のニュアンスや歌詞、アレンジを変えるのであくまでマトリックス2デイズ公演の演奏と留保した上で、本作はヴェルヴェット最上の発掘ライヴ盤です。ただしジョン・ケイル在籍時の前期ヴェルヴェットによる『The Velvet Underground & Nico 45th Anniversary Edition』のボーナス・ディスクに収められた1966年11月のクリーヴランド・ライヴ、『White Light/White Heat 45th Anniversary Edition』に収められた1967年4月のニューヨークのライヴは演奏の質ではマトリックス・ライヴをしのぐ凄まじいものです。マトリックス・ライヴのコンプリート盤を出すなら1966年ライヴ、1967年ライヴも単品発売しろよユニヴァーサル傘下ポリドール、と思いますが、これらは新発見のマトリックス・ライヴと違い高音質の海賊盤でも定番だったものです。
 ユニヴァーサル傘下の音源は管理がやかましいらしく、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの公式スタジオ・アルバムがYou Tubeではブロックされていてご紹介できないように、1966年ライヴも1967年ライヴもブロックされてご紹介できません。本作は22曲全42テイク中7曲8テイクがかろうじてYou Tube上で聴くことができ、この7曲は後期ヴェルヴェットのライヴ定番曲ですし前期ヴェルヴェット時代から定番の名曲「I'm Waiting For The Man」(『The Velvet Underground & Nico』より)、「White Light/White Heat」「Sister Ray」(『White Light/White Heat』より)が後期ヴェルヴェットによる新アレンジで聴けます。しかも「Sister Ray」は判明している同曲のライヴでは最長の1曲37分に及ぶ演奏です。ヴェルヴェットはジョン・ケイル在籍時の1966年末に同じ旧ヴァーヴ・レーベル(現在はポリドールへ権利移行)のフランク・ザッパマザーズ・オブ・インヴェンジョンと初の西海岸ツアーをしましたが、ロサンゼルス・ロック界のカルト・ヒーローたるザッパとのジョイントでは生粋のニューヨークのバンドのヴェルヴェットはまったく評判にならず、2度目の西海岸ツアーとなった1969年11月には18公演を行いましたが時流は1966年には萌芽程度だったヒッピー文化全盛で、フランク・ザッパはヒッピー文化を偽の反体制文化と見る反ヒッピー派でヴェルヴェットと同じ立場でしたがサンフランシスコではこともあろうにマーティ・ベイリンの店マトリックス、しかもグレイトフル・デッドと対バンを組まされルー・リードはライヴ前から相当ナーヴァスだったそうです。1969年も11月だからか東海岸と西海岸のオーディエンスの違いからか、ダグ・ユール加入以後の1968年12月のオハイオとボストン、1969年1月、3月、7月のボストン、8月のニューハンプシャー野外フェスティヴァルでのライヴより快速テンポの曲はより軽く、ミドルテンポ以下の曲はさらにテンポを落として(ただしヘヴィにはならず)演奏しているのが1969年11月マトリックス公演の特徴でしょう。年明け1970年春になるとモーリン・タッカーが産休のため一時休業し、バンドはダグの弟の高校生ドラマー、ビル・ユールを臨時メンバーに迎えてルー・リード時代の最後まで活動します。しかし1970年8月のリード脱退の翌月9月にリード在籍時最後の新作『Loaded』を発表したバンドはダグ・ユールがリード・ヴォーカル兼、ギター、リーダーに転向し、ベーシストとキーボード奏者を補充してプロモーション・ツアーを行い、発掘ライヴ『Live at Max's Kansas City』や『1969』、新作『Squeeze』の営業のため1974年まで活動することになります。江南の枳、江北に移し植えれば橘となるの喩えもありますが、ヴェルヴェットの場合はじわじわと尻すぼみになっていったと言わざるを得ないようです。