映画日記2018年6月7日~9日/喜劇王ハロルド・ロイド(1893-1971)長編コレクション(3)
『ロイドの初恋』 Hot Water (ハロルド・ロイド・プロダクション=パテ'24)*60min, B/W, Silent : https://youtu.be/bC7oqHV2kpE
○独身を謳歌していた男が年貢の納め時とばかりに結婚。ところがせっかくの新婚生活も災難続き。ある日妻から抱えきれないほどの買い物を頼まれ、やっとの思いで帰宅した男を待っていたのはクセ者揃いの妻の家族だった。そして妻と二人だけのドライブに出かけるはずが、家族みんなを乗せて出かけることになり……。
本作は同年3月公開の特大ヒット作『猛進ロイド』に続く、ハル・ローチ・プロダクションから独立したハロルド・ロイド・プロダクション第2作ですが、スタッフ・キャストはローチ・プロダクション時代からの面子をローチ・プロダクションから借りて製作しており、ローチ・プロダクション時代でもプロデューサーは社長のローチ名義ですが製作指揮のほぼ全権を主演俳優であるロイドが兼ねており、ロイドの映画は主演俳優で製作指揮者であるロイドが監督や脚本家より上に立っていたのはこれまでも述べてきた通りです。これは主演俳優の芸が作風を決定する短編時代からのサイレント喜劇ではごく普通のことでした。ロイドの場合はともにハル・ローチ・プロダクションを設立してローチが社長、ロイドが主演俳優という盟友関係だったためロイドは監督名義まで欲しがりませんでしたが、チャップリンは完全に製作・監督・脚本・主演までワンマン体制を敷き、キートンはジョゼフ・M・スケンクのマネジメントかつプロデュース下で監督兼主演俳優を務めていたので企画・題材やスタッフ、共演俳優はスケンクの決定に従い、スケンクに大手MGM社に売り飛ばされてからはMGM社はキートンから監督権まで取り上げてしまいます。完全主義者のチャップリンは長編に移行すると2~3年に1作の寡作に陥りましたがロイドは豊富なブレインを抱えて年間2作の製作ペースで全盛期を築き上げました。初長編『ロイドの水兵』は本国での大ヒットばかりか日本でも好評で、キネマ旬報では当時すでに「喜劇界に於いて人気といい実力といいチャップリン氏の塁を磨さんとするハロルド・ロイド氏が2、3巻物から進んで始めてフィーチュアー物らしい喜劇を製作した第1回の作品である。相手役は例の通り、最近婚約を報じられたミルドレッド・ハリス嬢である。筆者は試写を見たが蓋し大傑作の賛辞をおしまぬ。」と絶讃されています。ロイドは前作『猛進ロイド』をロイド初の「Character Picture」とし、それまでの自分の「Gag Pictures」と区別していますが、これはサイレント喜劇はスラップスティック、つまりドタバタ喜劇であって喜劇的アクションが本体であり一般の劇映画、つまり登場人物たちのおりなすドラマ作品ではない、という世評に喜劇映画もキャラクター(登場人物)を描く方法で作れる、と応えたもので、具体的には次作『ロイドの人気者』が'25年9月に、キートンの『キートンの西部成金』が同年11月に封切られた後、これは同年6月封切りのチャップリンの畢生の名作『黄金狂時代』が呼び水になったサイレント喜劇のドラマ性の強調への変化ではないか、という新聞評が年末回顧的に広まったため、ロイドとしては『黄金狂時代』の影響ではなく自分の独自の考えに基づいて「Character Pictures」と「Gag Pictures」の作風を使い分けている、と主張したかったものと思われます。トム・ダーディスの詳細な評伝『バスター・キートン』'79(翻訳'87・リブロポート刊)はキートンのみならず喜劇映画全般の推移を扱っているのでこうした事情が紹介されていますが、ダーディスも興行収入にムラのあるキートンの場合は意識的に観客の共感しやすい内容に作風を変化させてみたのが『西部成金』ではないかと推定した上で、チャップリンからの『ロイドの人気者』への影響は考えづらいとしており、ダーディスの指摘は前年'24年の『猛進ロイド』にすでにロマンティック・コメディのいち早い達成があり、ロイドの場合はチーム製作であることもあって作風の変遷に計画性が高いことから、一種気まぐれな天才(チャップリンのような周到な天才と比較して)だったキートンよりも方法意識は明瞭に計算されたものだった、と考えられるのです。もっともダーディスは『西部成金』のキートンを『人気者』のロイドより共感できるキャラクターを演じて成功している、としているのですが(筆者も同感、ただし作品自体の出来はそれだけに左右されてはいないと思います)、本作『ロイドの初恋』(邦題はまずく、原題「Hot Water」は「我慢の限界」あたりが適切でしょう)については6巻ものの長編映画をまとめ上げる手口も板についたと安定感が認められる一方、七面鳥をバスに乗せて起きた騒動がじっくり描いて見所にしようとしている割に、もともとギャグ自体は小粒でギャグの連続性で見せるロイドの手法が今回はあまりに平凡なギャグの羅列で裏目に出てしまったとか、『豪勇ロイド』や『ドクター・ジャック』にもあった欠点ですが、ロイドが義母をクロロホルムで眠らせたため新聞のニュースで連続クロロホルム事件の嫌疑が自分にかかるのではと怯える伏線が、義母をお化け騒動で怖がらせて帰宅させようという方に行ってしまい、嫌疑がかかる心配の方は都合良く話を端折っているのも気になりますが(『となりのトトロ』で沼に落ちていたサンダルがメイちゃんのではないと判るとそれで済まされてしまうのと同じで、映画では許容範囲とも言えますが)力作『猛進ロイド』の後で軽いものを作りたくなったのだろうとも思えます。また『豪勇ロイド』『ドクター・ジャック』の頃からは各段に話法も洗練されており、本作は60分の短編コメディと思えば一気に観せてあっという間に終わる好編には違いありません。年間2作ともなれば力作と小品が交互に来るのもまあ順当ではないでしょうか。
●6月8日(金)
『ロイドの人気者』 The Freshman (ハロルド・ロイド・プロダクション=パテ'25)*76min, B/W, Silent : https://youtu.be/4mH6N-Tbddc
○テート大学に入学し、憧れの大学生活に夢をふくらませる新入生のハロルド。田舎者まるだしでドジばかり踏む彼は、入学早々からかいの的にされ、学校中の笑い者に。アメフト部に入るものの、雑用係がやっとの有様だ。そんな状況を気づかぬは本人ばかり。ハロルド自身は大学の人気者になれたと勘違いして……。
キネマ旬報ベストテン第3回(1926年/大正15年=昭和元年、この回から前年までの「芸術的に優秀なる作品」「娯楽的に優秀なる作品」を廃止、外国映画は一括)で第9位の本作(同年1位~5位は『黄金狂時代』『最後の人』『ステラ・ダラス』『海野獣』『鉄路の白薔薇』)は、ロイド最盛期の代表作として『要心無用』『猛進ロイド』とともにおそらく3作上げるとすれば本作か『田吾作ロイド一番槍』'27になるであろう作品で、本作公開の'25年のアメリカのサイレント喜劇は何と言ってもチャップリンの集大成的大傑作『黄金狂時代』があり、当時、また後世の現在キートンやロイドの肩を持つとしてもアメリカのサイレント喜劇から1本となれば『黄金狂時代』が君臨しているので、喜劇に限らずサイレント映画に今日にも観客がいるのは『黄金狂時代』を頂点とするチャップリンの諸作が映画はサウンドつきでカラーなのは当たり前という時代でも恰好の入口になっているから、とも言えます。B/Wだろうとサイレントだろうとチャップリンの映画は現代の観客にも娯楽性が高く強い訴求力があり、チャップリンは後に自分のナレーションと音楽をダビングした再編集サウンド版『黄金狂時代』を作って以降はそれが決定版になり、また「犬の生活」「担え銃」『偽牧師』の3作をオムニバス長編に編集したサウンド版『チャップリン・レヴュー』やサウンド版『キッド』を製作して、チャップリン自身の音楽監修版で観られる、という有利が働いているのも大きいですが、やはりそれだけチャップリン絶頂期の名作は時代を超えるだけの力があると認めないではいられません。チャップリン映画はホームレスの視点から人間性と人間社会を描く、という辛辣な喜劇で、チャップリン自身が旅芸人上がりから巨万の富を築いた成り上がり者という矛盾を徹底したエゴイズムで描きつくすパワーがあり、それは子供時代から貧乏と飢えと社会的劣等感にまみれたチャップリンの社会に対する強烈な憎悪が、怒りがみなもとになっていました。見せかけの上では社会的弱者や不幸な女性や子供への同情、というものであってもそれはチャップリンの個人的な怒りが原動力になったエゴイスティックなものです。しかしそのエゴのあり方自体がチャップリンを時代を超えた映画作家にしていて、徹底的に鍛え上げられ天才的な身体能力に支えられたパントマイム芸を絶対の武器につけたチャップリンの巨大な創造性は、抜群の才人で芸人のロイドにも天性の天才肌の芸人キートンにも及ばないスケールを誇っていましたし、今後もそうで、グリフィスやエイゼンシュテインら映画の父と呼べるようなサイレント期の映画監督の傑作でもチャップリン映画のポピュラリティと現代性にはかなわないのです。先に触れたように『黄金狂時代』の影響でロイドの作品が情緒を重視した作風になったとは言えず、『ロイドの人気者』は『黄金狂時代』公開より1年以上前の前々作『猛進ロイド』を継ぐキャラクター・ドラマ喜劇ですが、『猛進ロイド』の細やかな情感からは大学生、フットボールと明快な青春映画のお膳立てに沿っているため、十分満足のいく喜劇映画の名作ではあるけれど味わいは『要心無用』や『猛進ロイド』より大味になっている。またロイドの評価が相対的にキートンより低くなっているのもキートンの作品がしばしばあまりに主人公に過酷で、現実性を欠いているほど異常なシチュエーションに置かれ、主人公もまたそうした世界の状況に淡々と、または命がけで立ち向かう人物であることと較べると、ロイドの描く世界と人物は現実の延長線上でごく常識的で、むしろ平凡すぎたり俗人でありすぎたりすることが多い。そうした主人公がクライマックスでスーパーマンになるのがロイド喜劇の面白さですが、悪戦苦闘の『要心無用』、恋のパワーで爆発してやはり悪戦苦闘する『猛進ロイド』に較べると、見栄とうぬぼれが原動力になっている本作『ロイドの大学生』の主人公はあまり共感も同情もできないキャラクターであるばかりかフットボール試合で圧勝、というのもあっけなさすぎます。『要心無用』や『猛進ロイド』のあきれ半分同情半分で見守る気分にさせられる主人公に較べて本作の主人公は観客からも嘲笑の対象であるようなキャラクターになっている。これは喜劇映画の娯楽性を削いではいませんし、大学進学率が伸び始めた当時のアメリカ人観客には興味津々の舞台設定だったかもしれませんが、映画の底の浅さになって後世の観客には白々しく見えるのも否めません。そういう面ではロイド作品の長所短所をともによく表したのが最大ヒット作である本作のように思えます。
●6月9日(土)
『ロイドの福の神』 For Heaven's Sake (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'26)*55min, B/W, Silent : https://youtu.be/MuotlAszaiQ
○お金ならうなるほどある富豪のハロルド・マナー。ある日彼は貧民街でコーヒーの無料配布をしていた宣教師のスタンドをうっかり燃やしてしまい弁償のつもりで1000ドルの小切手を渡す。ところが宣教師の娘はハロルドが慈善事業への熱意から寄付したと勘違い、そのお金で彼の名前をつけた伝道所を開いたので……。
前作までハル・ローチ・プロダクション以来のフランス資本の映画会社パテ映画社に配給を委託していたロイド作品は、本作から生粋のアメリカの大手映画会社パラマウントに配給を移しました。パラマウントはパテ社よりもさらに配給網が広く宣伝力も大きかったと思われますが、その分パラマウント社への分配分もパテ社より大きかったのではないかと思われます。次作『田吾作ロイド一番槍』'27は知名度は低いものの批評家・観客評価ともロイドの最高傑作として『要心無用』『猛進ロイド』『人気者』以上のロイド作品でも1、2を争う名作とされる作品ですが、製作費・興行収入未公開かつジョビナ・ラルストンの最後のロイド映画ヒロイン作品で以降レギュラー・ヒロイン制はなくなります。次がロイドの最後のサイレント作品になった『ロイドのスピーディー』'28でやはり製作費・興行収入未公開、しかし設定は違いますがスピーディーは『ロイドの人気者』の主人公ロイドのニックネームですから続編を暗示して観客にアピールを狙ったのは明らかでしょう。次の『危険大歓迎』'29はサイレント版とトーキー版が作られ試写の結果トーキー版が公開され、ロイドの初トーキー作品になります。本作はおっとりした人情軽喜劇映画にクライマックスだけ派手な目指せ教会の結婚式、とアクション要素が入ってくるだけで、拉致され結婚式に現れないロイドに正装した労働者たちが「あいつは俺たちや牧師さん、お嬢さんをだましてからかっていやがったんだ!」と怒り、それから祝儀のお金で飲みに行った労働者たちが怒りをぶつけにロイド邸に押しかけてガードマンたちに拘束されたロイドを発見、「僕は拉致されたんだ!」とロイドから知り乱闘中にロイドが脱出、一目散に結婚式場の伝道所を目指す、という段取りですがエンディングはすんなりとハッピーエンドで、大富豪ロイドと労働者たちの共感という具合に社会的な視野までの広がりはありませんし、そこまで描かないのがロイドの限界でもあり、描けないことは描かないロイドの率直さとも言えます。盛り場を回って礼拝に勧誘した労働者たちと親しくなる過程で礼拝中に伝道所で起きたスリ事件をロイドが警察の介入とスマートに対応してスマートに解決する、という事件があり、労働者たちがロイドを信頼するようになる様子が描かれる具合に一応押さえるべきところは押さえているのですが、その事件にしてもギャグに乏しく、やはりロイド作品はギャグの豊富さが見どころと見るには、名作傑作秀作佳作とされる作品からはやや落ちる作品と言わざるを得ません。初長編『ロイドの水兵』から『豪勇ロイド』『ドクター・ジャック』の初期3長編は構成はぎこちなく流れはムラがありましたがあふれるようなギャグがありました。本作はずっと構成はスムーズで練れた映画ですがアイディア、端的に言えばギャグの不足が物足りない。古き良き楽観的なムードのアメリカ映画として観れば、特にスクリーン鑑賞ならば染色(Tinted)B/W映像の美しさを堪能するだけでも楽しめると思いますし、実際公開当時には興行収入260万ドルの超特大ヒット作です。本作あたりでは、観客はロイド映画をほんわかした人情コメディ映画としてゆるーく楽しんでいたとしか思えません。