人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

映画日記2018年6月15日~16日/喜劇王ハロルド・ロイド(1893-1971)長編コレクション(6)

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 チャップリンキートンと並ぶ喜劇王ハロルド・ロイド長編映画作品を追ってきたこの感想文も今回が最後で、まだあとロイドの長編には引退作『ロイドのエヂプト博士』'38と、戦後に1作きりの復帰作でプレストン・スタージェス監督の『ハロルド・ディドルボックの罪(The Sin of Harold Diddlebock)』'47があるのですが映像ソフトを持っておらずまたの機会にしました。今回取り上げた長編はすべて'2002年にレストア作業(ニュープリント、リマスター)が行われ2008年に発売された9枚組DVDボックスの全集『ハロルド・ロイド・コレクション』(ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン)に収録されており、これは長編作品16作、中短編13作を収録した決定版になっています。ロイドは'13年の映画デビューから'21年10月の最後の短編まで198本の出演短編・中編があり、そのうち180本以上が主演作品で、チャップリンの68編、キートンの37編(うち19本がキートン主演・監督)と較べると膨大な本数になりますが、ロイド自身が自宅に保管していた中短編のほとんどは'43年に火災で焼失されたそうで、これは'20年代までのサイレント時代の映画フィルムが可燃性・発火性の強い素材のため湿度が高く高温になると自然発火する恐れが高かったため、長編作品は保存性の高い改良された素材のフィルムにニュープリントが作られていたものの膨大な短編までは代表的なものしかニュープリントが作られていなかったため、ということだそうです。しかしロイドほど自作を良好なプリントで個人保管していた俳優=プロデューサーはおらず、'20年代の喜劇映画ではチャップリンとロイドの二人だけが抜群に良い画質で作品を鑑賞できるのも定評になっており、優れた画質で保存されているサイレント作品自体が貴重ですからその点でもロイド作品は一見の価値はあり、またロイド自身のプロデュースによるトーキー作品でも同様に最上級の状態のプリントが観られます。ロイドの長編作品のほとんどはくり返し観ても飽きのこないもので、喜劇映画と限定せずとも、'20年代サイレント~'30年代初期トーキーのアメリカ映画の最上のものです。なお今回も作品紹介は、9枚組ボックス『ハロルド・ロイド・コレクション』の簡潔なあらすじを転用させていただきました。

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●6月15日(金)
ロイドの大勝利』The Cat's-Paw (ハロルド・ロイド・コーポレーション=フォックス34)*102min, B/W : https://youtu.be/WJ5lp4I4RxI

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○本国公開1934年8月7日、監督=サム・テイラー、共演=ユーナ・マルケル、グレース・ブラッドリー
○幼い頃に宣教師の父と中国辺境の村へ渡ったエゼキエル・コッブ。その地で成長した彼は結婚して伝道所を継いでほしいという父親の願いを叶えるため故郷のストックポートへ花嫁さがしに出かける。ところが、ひょんなことから現市長を再選させるための捨て駒として次期市長選の候補者に担ぎ上げられてしまい……。

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 本作はUCLAではなくロイド財団自身の保存フィルムのようです。監督に『要心無用』から『ロイドの福の神』までをフレッド・ニューメイヤーとともに手がけた(『福の神』のみ単独)サム・テイラーがひさびさに監督に返り咲いています。冒頭は5分ほどで幼年時代に伝道師の父に連れられて父の開いた中国の伝道所で育ったロイドが20年経って嫁探しのために父に帰国させられるまでを一筆描きで描きます。ロイドは父の指示通り有力者ウィザース師に会おうとしますが女中が通してくれません。ウィザース師は実業家ジェイクを後援者につけ当確確実の選挙出馬準備中。ロイドはウィザース師の家の前で途方に暮れていて、ジェイクが見かねて知人ヌーン夫人の宿を世話しようという申し出と「所持金はちゃんと持っていた方がいい」という忠告にジェイクにお金を全部預けてしまいます。ジェイクはロイドを騙されやすい馬鹿と利用の機会をうかがい、降って湧いたようなウィザース師の急死に伴い立候補することになった市議会のボスのモーガンに対して、適当な傀儡候補者(当て馬、「The Cat's-Paw」)は立てられないかという計画に、ロイドを立候補者にすることにしてしまいます。ロイドはジェイクのスタッフで同じヌーン夫人の宿に住むペチュニア(ユーナ・マルケル)と社交界に出入りさせられ、モーガンの出入りする高級クラブに行かされますが、美人歌手の飾りを外れて落ちたのをつけようとしてかえって衣装を引っ張って脱がしてしまい、ダンサーチームと踊る羽目になります。ラジオの中継でロイドの派手なダンスが報じられるのに酔って激高したモーガンは帰ろうとして追ってきたジェイクに殴りかかろうとし、ついロイドはモーガンをたたきのめしてしまいます。ロイドの人気は高まり遂に市長選に勝ってしまったロイドはジェイクにモーガンの利益になるような政策を厳命しますが、ロイドはモーガン収賄先の事業を次々と市政から廃除して裏社会のボスでもあるモーガンの怒りを買い、脅迫を受けますがまったく屈しません。モーガン陣営はロイドに事業費の横流しの噂を流し、ジェイクはロイドの甘さを責めますがロイドの頑固さに引き下がります。モーガン側はジェイクと仕組んで高級クラブ歌手の愛人にロイドの汚職の証拠になるような文書を個人的秘密とロイドの貸金庫に預けさせるように策略し、ロイドは知らずに貸金庫に預けに行きでっち上げの文書が発見されて市長解任の危機を迎えます。ロイドはあと1日の任期を覚悟して徹底的な市政の浄化を決意し、ジェイクや警察の新任署長の懸念を尻目に暴力団の一斉検挙を敢行します。ジェイクはロイドの決意に押し切られてしまい、モーガン一派も逮捕され、組織の要人たちは全員ロイドの友人で後援者のチャイナタウンの地下に集められ、2分間の猶予で改心か処刑かを宣告し、疑心暗鬼の容疑者たちの前でまず手下の一人、次にモーガンを斬首。恐怖に駆られた手下たちは次々にパニック状態で自供書にサインし、中国式斬首手品が功を奏して暴力団とむすびついたモーガン汚職陣営の一斉逮捕に成功します。
 日本公開時のキネマ旬報で「『ロイドの活動狂』に次いでハロルド・ロイド会社が製作したロイド主演喜劇で、サタディ・イヴニング・ポーストに連載されたクラレンス・バディントン・ケランド作の物語に基いて『お転婆キキ』『悪魔の富籖』のサム・テイラーが脚色監督に当り、ロイド喜劇専属のウォルター・ランディンが撮影したもの。助演者は『爆弾の頬紅』『光は野より』のユーナ・マーケルを始め、『ヒョットコ夫婦』のジョージ・バービア、『女難アパート』のグレイス・ブラッドリー、『一日だけの淑女』のナット・ペンドルトン、『彼女の用心棒』のアラン・ダインハート、グラント・ミッチェル、ウォーレン・ハイマー、J・ファーレル・マクドナルド子役デイヴィッド・ジャック・ホルト等である。」と紹介され、製作費61万7,000ドル(興行収入未発表)の本作はロイドが人気連載小説の映画化権を2万5,000ドルで買い取って映画化したもので、次作『ロイドの牛乳屋』では遂にプロデュース権をパラマウントに任せてしまいますが本作はロイド自身のプロデュースだけあって作品に意地があります。とんちんかんな主人公がひょんなことから他人に利用されるも一念発起して大奮闘し勝利を収める、という筋立てはロイド喜劇の定番で、本作も次作『ロイドの牛乳屋』も同じなのですが張りが違います。クライマックスではブラック・ユーモア的展開になるのも本作では成功しており、食えない策士のジョージ・バルビエのキャラクターもうまい設定です。ただしヒロインのユーナ・マルケルが、ロイドを馬鹿にしている立場からだんだんロイドを見直し、励ますようになり、ロイドの味方になって次第に恋愛感情が芽生えて結ばれる、というキャラクターを演じてまったく説得力のない魅力に欠けるがさつなヒロインで、上記のような話の展開の随所随所にロイドと絡むシーンがあり関係が進展していくのですが、一貫してがさつに見えるばかりで空々しい。いったいどうしてこんな女優を起用してしまったのか、前作『ロイドの活動狂』のヒロインのコンスタンス・カミングスが感情表現の幅の広い良い女優で作品の成功に貢献していただけに、本作もカミングスか、せめて『危険大歓迎』『足が第一』を無難にこなしていたバーバラ・ケントくらいであればもっと良くなっただろうにと、本作はロイドのトーキー作品でも展開はもっとも起伏に富み、それをどうにかこなして緊迫感のあるコメディにしているだけに惜しまれます。ロイドのトーキー作品では『ロイドの活動狂』が一番出来が良いと思われ、本作はそれに次ぐ出来と言えるだけにヒロインがまずい女優なのは目をつぶって単なる役割上のヒロインと割り切るしかなく、作品の足を引っ張るほどヒロインの比重が高くはないのが幸いしたといったところでしょうか。

●6月16日(土)
ロイドの牛乳屋』The Milky Way (パラマウント'36)*88min, B/W : https://youtu.be/5IFX5q-d7dw

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○本国公開1936年3月25日、監督=レオ・マッケリー、共演=テリー・ディーズデイル、ヘレン・マック、ドロシー・ウィルソン
○酔っぱらったボクサーとケンカし、彼をKOしたヒーローとして新聞に載ってしまったバーリー。ところがこれはとんだ人違い。実際はパンチをよけるのがうまいだけの牛乳配達人の彼が、一夜にして有名人になってしまう。事実を知ったボクサーのマネージャーは、バーリーを八百長試合で無敵のチャンピオンに仕立てあげて大金を儲けようと悪だくみ。正直者のバーリーはマネージャーにうまく言いくるめられボクサーになることを承諾してしまうが……。

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 本作は昨年にもマッケリー作品の一環として観直しているのでまだ記憶に残っていますが、マッケリー作品として観るのとロイド作品として観るのでは感じもずいぶん違うものです。タイトル前にアドルフ・ズーカー・プレゼンツと始まる本作は遂にプロデュース権をパラマウント側に任せた作品になったようです。一流監督レオ・マッケリーの手がけた本作は、前作の政界実業家ジェイク役だったジョージ・バルビエが社長のオースティン牛乳社の表彰式で始まり、ロイドが業績ビリの販売員で槍玉に上がると次のシーンでは妹メエ(ヘレン・マック)と帰宅中酔ったボクサーのスピードとボディーガードのスパイダーのケンカに遭遇し、ロイドが避けるとボディーガードのスパイダーがチャンピオンのスピードをのしてしまいます。それが牛乳運搬馬車運転手のロイドがチャンピオンをのしてしまったと新聞記事になり、ボクサー二人のマネージャーのアドルフ・マンジューが叱責しているとロイドが現れる。ここまで10分もかかっていません。新聞記者が押し寄せロイドが説明して昨夜と同じ状況でチャンピオンがのされてしまうと、踏み込んできた新聞記者たちが「これで二度目だ!」と殺到します。マネージャーのマンジューは寝込んでしまいますが、「わかったぞ!」とロイドを使った興行を思いつきます。一方ロイドは床屋のマニキュア係ポリー(ドロシー・ウィルソン)に恋していますが、牛乳運搬馬車の愛馬アグネスの急病に大慌てし、その晩マンジュー一行がロイドをボクサーに勧誘しに来たのを妹メエは追い返しますが、ロイドはアグネスの治療代のために引き受けようと決めます。マンジューの事務員ヴェリー(テリー・ディーズデイル)のはロイドの特訓の監督を勤めて興じ、兄を心配して見にきたメエにスピードは優しい言葉をかけ、練習を終えたロイドはポリーに会ってポリーは愛馬アグネスのためというロイドを励まします。タイガーというリング・ネームで売り出したロイドは初戦をあっさり勝ち、試合の様子はスピードがメエを訪ねて一緒に聞くラジオの実況、ヴェリーが目を輝かせて聴くラジオの実況で示されます。次々と汽車の車輪と新聞記事のモンタージュ、ラジオ中継に熱狂する人々といった間接描写でロイドのランキング上昇が描かれ、オースティン牛乳社もロイドのスポンサーにつくことになります。ついにロイドはスピードとチャンピオン・マッチを行うことになりますがスピードは妹メエと婚約する仲になっており、妹メエはロイドを責めます。ロイドの実力を知るマンジューはスピードに全収益を賭けて一挙千金を狙っており、それを知らないロイドは自信満々でスピードに勝利宣言し、驕ったロイドは妹メエからもポリーからも別人になったと責められてしまいます。ロイドはポリーが去った後冷静になって反省し、試合中止をマンジューに申し出ますが言いくるめられてしまいます。試合当日、アグネスをタクシーに乗せて獣医のもとに送り届けてから試合に出たロイドは、気付け薬と間違えて睡眠薬を飲んでしまってリングに上がったスピードと延長戦の挙げ句眠り込んでしまったスピードに勝ってしまいます。オースティン社長に無敗の記録のまま共同経営者として迎えようと申し出られたロイドはこれでボクサーが引退できると大喜びします。
 日本公開時のキネマ旬報で「『ロイドの活動狂』『ロイドの大勝利』に次ぐハロルド・ロイド主演映画。リンルートとハリー・クローク合作の舞台劇を、『ベンガルの槍騎兵』のグローヴァー・ジョーンズ、『お嬢様お耳拝借』のフランク・バトラー及びロイド会社専属のリチャード・コネルが共同脚色し、『人生は42から』『カンターの闘牛師』のレオ・マッケリーが監督に当たり、『南瓜サラリーマン』『録鼠流線型』のアルフレッド・ギルクスが撮影した。助演者は『ゴールド・ディガース36年』のアドルフ・マンジュウ、『愛の岐路』のヴェリー・ティーズデール、『生命の雑踏』のヘレン・マック、『恐怖の四人』のウィリアム・ガーガン、『ロイドの大勝利』のジョージ・バービア、『ホワイト・パレード』のドロシー・ウイルスン、ライオネル・スタンダー等である。」と紹介され、製作費103万2,798ドル、興行収入117万0,000ドルの本作はパラマウント側のプロデューサー、ロイド・シェルドン製作になるもので、おそらくその成績からロイドに次回作で引退を決意させたのでしょう。次作『ロイドのエヂプト博士(Professor Beware)』'38はロイドのプロデュース、エリオット・ニュージェントの監督で脚本協力にクライド・ブルックマンを迎えて製作され、パラマウントから配給されましたが、製作費82万0,275ドルに対して興行収入79万6,385ドルの完全な赤字作品になりました。それでもキートン監督作品中の最大ヒット作『拳闘屋キートン』(75万ドル)より興行収入自体は高い数字を上げているので、製作費さえサイレント作品並みの20万ドル台であれば黒字作品になったでしょうが、人件費や権利料だけでも膨大にかかりサイレント時代のような手作り製作では済まないトーキー作品では150万ドル以上の興行収入が成功の基準だった、という事情があります。本作もブロードウェイのヒット作の映画化であり、原作の版権料が高かったのとスター俳優のアドルフ・マンジューを助演に迎えたのが製作費100万ドルを超えてしまった原因で、実質的には諸経費で採算が利益率2倍以上でないと赤字になりますから本作の製作費103万2,798ドル、興行収入117万0,000ドルはおそらくロイドの長編作品で初の大赤字だったと思われます。最後の試合だけを山場とするためにそれまでのロイドのランキング上昇はラジオ中継や新聞記事、人々の熱狂のモンタージュで見せていくなど、これをマッケリー作品として観れば真っ当な作りなのですがロイド作品として観ると大いに物足りない。ロイド本来のセンスならばもっと大胆な省略法で一気に観せただろうと思うと、『ロイドの活動狂』と前作『ロイドの大勝利』がロイド最後の健闘だったとしみじみしてきます。ヒロインのドロシー・ウィルソンは良い感じの女優ですが女優キャストではマンジューの部下のテリー・ディーズデイルがトップ、妹(字幕スーパー翻訳では姉ですが、役柄からして妹でしょう)役のヘレン・マックが次でウィルソンはその下です。こうした扱いからも、本作はロイド映画としては焦点の定まらない、ロイド自身がプロデュース権を手離したのもうなずけるような作品で、普通のドラマ畑の俳優が主演する喜劇映画の水準に収まってしまったように見えるのです。