人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ローウェル・ダヴィッドソン・トリオ Lowell Davidson Trio - "L" (ESP, 1965)

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ローウェル・ダヴィッドソン・トリオ Lowell Davidson Trio - "L" (Lowell Davidson) (ESP, 1965) : https://youtu.be/xomcmbbKJH8 - 8:10
Recorded July 27, 1965.
Released by ESP Disk as the album "Lowell Davidson Trio", ESP 1012, 1965
[ Personnel ]
Lowell Davidson - piano, Gary Peacock - bass, Milford Graves - percussion

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 ローウェル・ダヴィッドソンは1941年生まれで中流家庭に育ち学生時代は吹奏楽団でチューバを吹いていたそうで、大学進学して化学の学士号を取得しているくらいですから大学進学率が30パーセント程度だった当時では家庭も裕福、学業も優秀だったと想像されます。セロニアス・モンクとハービー・ニコルスの影響の下にジャズ・ピアノを始め、ドラムスも叩けたのでラズウェル・ラッドとジョン・チカイのニューヨーク・アート・カルテットの初期メンバーにドラムスで参加した(レコーディングはなし)のを経て最初で最後のアルバムを新興レーベルESPに吹き込みました。ダヴィッドソン24歳、全曲がダヴィッドソン自身の書き下ろしオリジナル曲で、ベースにゲイリー・ピーコック、ドラムスにミルフォード・グレイヴスという格上のサポートを得た録音です。仕上がりは、フリー・ジャズのESPの中ではフリー・ジャズのピアノ・トリオではくくれない珠玉のアルバムになりました。本当はA面2曲目「スタンリー1(Stanley 1)」がさらに名曲なのですが(「スタンリー」とは同世代の新人ジャズ・ピアニスト、スタンリー・カウエルでしょうか)、A面冒頭の、作者自身のイニシャルから採ったと思われる「"L"」もそれに準じる名品です。
 主流ジャズからフリーに移った白人ピアニスト、ポール・ブレイビル・エヴァンスの影響をくぐってきた人でしたが、ダヴィッドソンもモンク、ニコルスの名を上げながらエヴァンスのヴォイシングから相当学んだ節があり、セシル・テイラーやアンドリュー・ヒルを始めとする黒人の尖鋭的ピアニストの渦巻くような加速感のある演奏とは違った、思索的で沈鬱な印象派的な作曲と演奏に趣味の良さが光ります。音数は最小限に少なく、オスティナート(リフレイン)やブロック・コードもほとんど弾かないのに持続した定則リズムを感じさせるのはベースとドラムスとの息が合い、しっかりした体内ビートをキープしているからで、非常に将来性のあるピアニストでした。
 このアルバム発表後にダヴィッドソンはクラブ出演の契約を獲得しますが、精神疾患の発症から契約をキャンセルし、アルバムも本作きりのままジャズ界から姿を消しました。このアルバムが初CD化されたのは'92年ですが、前年の'91年に逝去していたのが判明し、闘病に明け暮れた生涯だったそうです。日本盤CDは廃盤ですが輸入盤ともども入手は難しくなく、フリー・ジャズながら異色の抒情的印象派ピアノ・トリオ作品として一度聴けばたまに無性に聴き返したくなるアルバムです。こういうオブスキュアなジャズマンこそが歴史の厚みを担っているような気もしてきます。