人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アート・ファーマー Art Farmer - ティアーズ Tears (Atlantic, 1965)

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アート・ファーマー・カルテット The Art Farmer Quartet - ティアーズ Tears (Pete LaRoca) (Atlantic, 1965) : https://youtu.be/MbIeMWL0HrU - 5:45
Recorded at Atlantic Studios, New York City, March 12, 16 & 30, 1965
Released by Atlantic Records as the album "Sing Me Softly of the Blues", Atlantic SD 1442, 1965
[ The Art Farmer Quartet ]
Art Farmer - flugelhorn, Steve Kuhn - piano, Steve Swallow - bass, Pete LaRoca - drums

 この曲が収録されている名盤『ブルースをそっと歌って』からはすでにLPのA面3曲をご紹介しましたが、アルバムB面冒頭に針を落とすと出てくるのがこの「ティアーズ」で、ドラムスのピート・ラロカのオリジナル曲の佳曲です。レーベルのアトランティックは黒人音楽の老舗ですがレニー・トリスターノリー・コニッツ、MJQやジミー・ジュフリーを擁し、オーネット・コールマンをニューヨーク・デビューさせるなど先進的な面もあり、それで言えば黒人トランペッター(本作はアルバム全編フリューゲルホルンですが)でハード・バップも得意ながら典型的なバッパーとは言えないアート・ファーマーが移籍してきたのもファーマーの脱バップ指向の側面がアトランティックに迎えられたのだと思われます。この曲も楽想やアレンジは'60年代のこの時期にあってはブルー・ノート・レコーズのモーダル・ジャズ派(ブルー・ノート派、新主流派とも呼ばれます)に近い演奏で、ブルー・ノートにあってはマイルス・デイヴィスのサイドマンだった当時のハービー・ハンコックウェイン・ショータージャッキー・マクリーンに見出されたトニー・ウィリアムズやボビー・ハッチャーソン、ケニー・ドーハムに見出された新人のジョー・ヘンダーソンエリック・ドルフィーと親交があったフレディー・ハバードやブルー・ノートで再デビューしたシカゴ出身のアンドリュー・ヒルらのアルバムに混じってもおかしくなく、ブルー・ノートでのラロカの唯一のリーダー作の名盤『Basra』'65も本作のスティーヴ・キューン(ピアノ)、スティーヴ・スワロウ(ベース)とラロカのトリオにジョー・ヘンダーソンを加えたカルテット作品で、キューン、スワロウ、ラロカのトリオに興味の中心を向ければ本作の姉妹編のようなアルバムです。
 キューン、スワロウ、ラロカは'60年代前半トリオで活動していましたが、当時は20代前半の新人でサイドマン格だったためジミー・ジュフリーのアルバムではキューンとスワロウ、ポール・ブレイのアルバムではスワロウとラロカといった具合に二人ずつならレコーディングを残しているのですがキューン、スワロウ、ラロカとトリオで揃ったアルバムは作れなかったので、この時期にトリオが揃ったのは本作『ブルースをそっと歌って』、ラロカの『Basra』、ようやく'66年にスティーヴ・キューン・トリオで『Three Waves』(Contact)がある程度で、本作も『Basra』も『Three Waves』もCD時代になってロング・セラー・アルバムになっていますが、そういうあまり話題にならないところで聴き継がれているのがキューン、スワロウ、ラロカのトリオのアルバムです。中ではリーダーの知名度で『ブルースをそっと歌って』が比較的聴かれていると思いますが、ファーマー自身も通好みでスター性やカリスマ性も薄ければ逆に熱心なファンがつく不遇ジャズマンでもなく、サウンドは異色なのにファーマーのプレイは普段よりもさらにソフトなくらいなのである程度ジャズを聴いて年季が入っているリスナーでないと本作を入口にキューン、スワロウ、ラロカに注目することもないくらいさり気ない。逆に一旦気づけばこのくらいさらっと変なことをやっているアルバムもないので、地味ながら長年聴いて聴き飽きず愛聴に耐える知る人ぞ知る名盤になっているのが本作です。特にこの曲を気にいられたならラロカが半数のオリジナル曲を書いたリーダー作『Basra』は自信を持ってお薦めできるアルバムで、フリーでも主流バップでも白人系クール派でもない'60年代ジャズの新鮮な脱バップ路線を堪能できる好アルバムです。